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2011年11月12日 (土)

1542 正解のない問題

日々飛び込んでくる、国内や海外のニュースを眺めると、どうやら私たちは正解のない問題に直面していると考えるしかないと思っています。例えば、人口密度の比較的高い場所が震災と津波と放射能汚染の三重苦に同時に見舞われた経験は、全世界の人類の歴史を見ても皆無でしたし、今の様な、経済規模で債権市場の拡大の中で、お金の流れの制御に関しても、国営銀行の総裁や偉い経済学者といえども未経験でしょう。と言うより、歴史の経験が無いのですから類推さえままなりません。

そうであれば、私たちには少し後ずさりする方法しか残されていないのではないかと思う日々です。環境悪化と、経済悪化、資源の枯渇というこれも三重苦の荒野を、答えの無いまま彷徨うのは、(人類の)命を縮めるだけになると考えねばなりません。そうではなくて、歩いてきた道は後ろにつながっているはずなのです。かつては、より小さな経済圏単位で、慎ましく事業を営み、暮らしていましたし、化石燃料や原子力を使った大機規模工業ではなく、より再生可能エネルギーに依存した農業や家内工業で生計を立てていました。

正解の無い混沌とした問題に向かって、これまでの経験を元にした「演繹的手法」ではたぶん道を間違えるでしょう。もしかすると現在の延長線上の先は、断崖絶壁となっているかも知れないからです。今後は、もしさらに前進しようとするなら、暗闇を手探りするように慎重に歩を進めるか、或いは元来た道をソロソロと後ずさりするかの、二者択一になるのではないかと思うこの頃です。どんなに間違っても、アジアの成長エンジンなどを当てにして、つまりは他力本願で、さらに経済規模を拡大しようなどと考えるべきではないでしょう。今以上の加速をすれば、その先の減速は「破局的な」ブレーキを結果するであろう事は、経済の素人にも明らかだからです。恐ろしい事ですが、この国の多くの人々は、もはや国の行状を信頼してはいない様にも見えます。その人たちを指して「無党派層」と呼ぶのでしょうか・・・。

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