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2011年11月13日 (日)

1543 駅伝ランナー

これもかつて書いたタイトルの様な気がしますが、二度書いてもまあ良いでしょう。さて長い人類の歴史から見れば、人の一生なんぞはホンの一瞬の出来事に過ぎません。しかし、生れ落ちて、生きて、生殖して、死んでいく昆虫や多くの動物などとは違って、ヒトには親から子へ、或いは書物という形で世代を超えて伝えていく知恵があります。もし、ご先祖様たちがこの知恵を伝えずに親世代が死んでいったと仮定するならば、今は地上に満ち溢れている人類の辿った道は、過酷なものとなっていたでしょう。それは、古代の洞窟生活と何ら変わらないものになるからです。

時代は流れて、伝承や書物で伝えてきた知恵が、今や電子化されてWeb上で誰でも閲覧できる素晴らしい時代にはなった訳ですが、一方でその中から役に立つ情報だけを選び出す事はますます困難になったのも事実でしょう。いわば、情報の環境汚染です。雑多な雑情報にまみれた、貴重な情報を探し当てるためには、それを濾し取り磨くためのフィルター(価値観)を持つ必要があります。

そこで、駅伝です。つまり、駅伝のタスキ受け渡しのためのリレーゾーンを十分に長く取り、正しい価値観を十分に伝えない限り、次世代にこの情報の洪水を泳ぎ切る力は生まれません。何が正しいかですが、それは人類を含むこの地上のあらゆる隣人たちが、出来るだけ長く共存できる方法、というしかありません。ただの駅伝ランナーである現世代が、地上や地下のあらゆる資源を浪費し、後の世代に大量のゴミに加えて多額の借金までオマケについた、だらしのない社会の仕組みだけを残し、無責任にタスキだけを渡す訳にはいきません。どうにかして、より持続可能性を高めた社会システムを次世代に渡す事こそが20世紀世代の責任だと強く思う日々です。

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