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2011年11月14日 (月)

1544 流動化

現代の社会や世界情勢を、俯瞰的に見てKWを付けるとすれば、それは「流動化社会」となりそうです。流動化は至るところで起こっている様に見えます。流通網や交通網が発達するにつれて、先ずモノやヒトの流動化が始まりました。古くはアメリカやブラジルへの移民船、或いは国内では集団就職列車による労働力の移動です。隣の大国でも、内陸部から海岸部への歴史的な民族大移動が起こった事でしょう。

流動化はモノ、ヒトに留まりません。モノに裏付けされていない余剰なお金=価値も、生き物の様に流動化を加速しました。即ち、お金は債権や電子マネーと名前を変えて、儲けを生む国や枠組みや先物取引を求めて、24時間彷徨い歩いている状態です。その旺盛なる攻撃力の犠牲となる国々も欧州を中心に増え続けています。つまりは、ある期間を通じて流れ続けていた流動化資産が、ある時期を境に引き抜かれる事によって悲劇が始まる訳です。流動化は、お金にとどまらず、モノでも起こっている事でしょう。モノは1円でも高い売り先を求めて、市場を彷徨う事になります。少しでも供給が弱るか、或いは需要が高まると、市場価格はすぐに反応し、高いお金を出しても買ってくれる国へ流れの方向を変えます。今は、C国、I度などがモノの向かう国になっていますが、これもいつまで続くかまさに「流動的」です。

流動化に対する言葉としては、「モザイク」や「地産地消」などがありそうな気がします。かつての、国内の藩がそうであったように、地理的に独立した小国が、経済的にも独立性を保ちながら、慎ましく「地産地消」の社会を営む社会です。ヒトの流動化が争いを起こし、モノの無理な流動化が戦争を生んだ歴史を振り返れば、そのような社会のメリットも納得できます。その意味で、20世紀は流動化が劇的に進んだ時代であり、21世紀もそれが「やや減速しながらも」続いている様に見えます。

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