« 1545 電気の発明 | トップページ | 1547 経済成長モデルの限界 »

2011年11月16日 (水)

1546 底なし沼

最近の経済の泥沼化の原因を考えてみると、どう考えても実体の無いマネーに行き当たります。実態が無いと言うのは、それがモノに裏打ちされていない事を意味します。ある時期までは、マネーは金(Gold)によって裏打ちされていました。金本位制です。しかし、急速な経済規模の拡大と国際化により、有限な資源である金のストックが、マネーの名目上の価値に追い越された結果、古くからのシステムは崩壊せざるを得なくなった訳です。

しかし、モノを伴わないマネーの価値は、それを保有する国家なり金融システムの信頼性だけに依存する事になり、信用保証のあり方こそが、現在の金融のベースに据えられるべきものなのでしょう。信用が失墜した時のよりどころは、モノや担保なのでしょうが、今この世界で膨れ上がってしまったマネーの価値を裏打ちするモノは存在しません、つまり、泥沼に沈む事に抗う浮き輪が存在しない訳です。唯一のよりどころは、抜け駆けを防ぐために、主要な国々(例えばG8G20)が手を結び、見かけ上お互いを「信用し合おうね」と言う約束を取り交わすしかないのです。

もちろん、実態の伴う経済活動をしている限りは、マネーはモノに裏打ちされ、ほぼ同時に動きます。理想的には完全に同時交換である「現金取引」を中心に据えれば、実のところ何も恐いものは無くなります。つまりは、泥沼に近づかない事によりリスクは回避される訳です。現金取引を実行している限りにおいては、個人も企業も身の丈サイズの活動しかできませんが、安全性は格段に向上するでしょう。今泥沼の中には頼りになるべき「テコの支点」は殆ど存在しませんので、経済のレバレージ(つまりはROIです)は、最早限りなく1.0に近づけるしかリスクを回避する術は無いように見えます。

|

« 1545 電気の発明 | トップページ | 1547 経済成長モデルの限界 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 1546 底なし沼:

« 1545 電気の発明 | トップページ | 1547 経済成長モデルの限界 »