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2011年11月19日 (土)

1549 第三極人

 

今や、M主かJ民かという不毛な議論の時代ではなくなっている事は明白です。何しろ、どこよりも「無党派」支持層が多いのですから…。つまりAかBの二者択一の時代は終わったと、政に関わる人たちも気づくべき時だと思っています。20世紀後半は、成功(裕福)か失敗(貧乏)か、近年は経済拡大(お金か)か福祉(生活)か、などの選択を有権者に迫ってきました。しかし、前世紀の終わり頃からは、「環境」と言う第三極が俄然注目される様になったのです。お金やモノがいくら潤沢でも、住むのに困るほど悪化した環境の中では何の意味もありません。つまりは、今や右か左かの議論ではなく、先ずは進むべきか、少し後退して適正なレベルを見極めるべきか、その適正なレベルとは一体どこなのか、と言う議論が必要となっていると思うのです。

 

これを、登山に喩えると分かり易いかも知れません。つまり、20世紀後半はJ民党がリーダー役に立って、闇雲に「標高を稼ぐ事」にまい進してきた時代だったと総括できそうです。90年代以降は、切り立った岩壁に阻まれてそれ以上高度を稼ぐ事が出来なかった停滞の時代が続き、じれた隊員の中からはリーダー交替の声も高まり、結果としてM主新リーダーの時代になりました。

 

しかし、新しいリーダーを立てても、これ以上の登坂は困難であることが、隊員にも段々知れるところとなった訳です。隊員も、これ以上頂上に近づいても、頂上にはゴツゴツとした不毛の岩場(都市?)しかなく、しかも狭いために全ての隊員がそこに立つ事は出来ない事にも感づき始めたからです。ふと下を振り返ると、一面の緑に包まれた山麓と、さらにその下には豊かな山里や平野が広がって見えるではありませんか。ザイルやピッケルや近代的な登山装備(つまりは工業製品の事です)を投げ出して麓に下り、モノは豊富ではないが、心豊かな農村生活も悪くはないな、と考え始めた「第三極人?」が増えても何の不思議もないでしょう。おりしも。GNHを提唱している国の国王も訪問しています。お金で買えない幸せを真面目に考える時期ではあります。

 

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