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2012年3月 1日 (木)

1650 何を壊し、何を作ったか

震災や経済危機の前に立ちすくんだり、逆に闇雲に前に進んだりする前に、私たちが、特に戦後の時代から今日まで、何を壊してきて、何を作ってきたか、と問い直す事は大切です。高度成長期において、私たちは伝統的な農林業をほぼ完膚なきまでに捨て去り、ビルや工場を建て、高速鉄道や道路や橋や港湾を作り続けてきました。つまり、土壌や海に頼り、有機物(生き物)を育ていつくしむ伝統的な暮らしを捨て去り、無機質な製品を大量に生産し、それを運ぶためのインフラをせっせと作り続けてきた訳です。

このブログでも、ひたすらモノを運び、自らも乗り物に乗ってあまり必要もないのに移動したがる生き物である私たち自身を、ホモサピエンス(人類)を文字ってHomo-movens(動かし、動き続ける存在)と自嘲気味に呼んできました。まさに、その移動手段を担う産業の真っただ中で生きてきた人間として、その反省というか反動も大きかった訳です。なるべく作らず、なるべく運ばず、なるべく動き回らない生活に戻る事しか、環境の悪化に強力なブレーキを掛ける方法は見つからないとの確信は日々強くなっています。もし動き回る「本能」をどうしても満足させたいのなら、お遍路の様にテクテク歩くか精々自転車で移動すべきでしょう。これだと、環境への負荷は殆ど無視できます。

また、どうしても手や体を動かしてモノを作りたいなら、自分自身で作れる範囲をあまり超えないように、モノを運びたいなら昔の山小屋の荷揚げの様に、歩荷(ぼっか=荷担ぎ)で運ぶ量をあまり超えないようにすべきでしょう。大量生産の工場も、何とかメモリー社の様に、やがて行き詰るでしょうし、どんなに長い距離を運んでも決してモノは増えないでしょうし、価値も大きくはなりません。お隣のC国も、ここにきてどうやら息切れし始めた様です。

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