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2012年3月 3日 (土)

1652 手仕事の復権

モノづくりのスピードを極限まで上げた仕組みが、自動化された大量生産工場だとすれば、その対極にあるのが手仕事です。何日、何週間、何か月も掛けて一つの製品=作品を生み出す手仕事は、今の時代すっかり社会の隅に押しやられた感があります。第一、十分に手間ひま掛けて作った製品は、当然の事ながらびっくりする程高いものにつくでしょうし、飾り棚に入れて鑑賞するならいざ知らず、とても日常生活で使う気にはならない代物だ、と思ってしまうからでしょうか。

しかし、職人が確かな腕で作ったものは、量産品に比べものにならないくらい長持ちしますし、使えば使う程手に馴染むはずです。しかも、そんな製品であれば、もし壊れても修理が効きますから、長い目で見れば決して高価なものとは言えないはずです。漆器などでも、塗りが剥げても、割れが無い限り塗り直しが効きますし、使い慣れたモノを直して使えば愛着も更に湧いてくるでしょう。

手仕事は、単調で儲からない労働と思われがちですが、例えば数千万円もする手作りの腕時計が存在すると言う事実を見れば、これを仕上げるのにたとえ1年間掛かったとしても、時間単価に直せば、高給取りのサラリーマンより「割は良い」でしょう。もちろん、いくら高額の給料をもらっていても、所詮は会社に雇われている身より、自分の意志で仕上げた手仕事の方が、何倍も達成感が得られるはずです。手仕事を疎かにする国は、結局は文化としても廃れる宿命にあるような気がしています。徒弟制度のPros &Conesは、色々あるとは思いますが、親方と弟子の濃密な関係の中で受け継がれるワザや生き方は、学校教育や企業内の研修などでは、決して得られない種類のものでしょう。

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