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2012年3月12日 (月)

1661 震災の日に考えた事

震災の日に当たって、多くのメディアで過去の映像や、被災地の現状が報じられました。それらの映像を見るにつけ、逆説的にはなりますが、大震災といえども、今は穏やかに凪いで海や静まりかえった山々には、小さな爪痕ほどの影響も与えなかったと言う事実です。震災、特に津波被害は、海と山に挟まれた、海岸沿いの扇状地や沖積平野の海岸部など、ごく狭い範囲を破壊しただけに過ぎなかったわけです。しかも破壊されたものは、自然そのものではなく、人間が土地の上に作り上げた構造物だけだったと言えそうです。

謙虚に首を垂れて考えれば、結局私たちは海と山の間で、「辛うじて生かされていたか弱い存在」でしかなかったのでないか、と言えるかも知れません。そのか弱い存在が、今の文明の繁栄の結果として、かなり自信過剰となり増長してしまったのかも知れません。具体的な、増長の例としては、海岸に近い沖積平野に群れて暮らし、そのための多くのインフラを築き、そこに地下資源から作ったモノやエネルギーを送り込んで、「文化的」な生活を作り上げたのでした。ここで言う「文化」とは、結局は狭い意味での西欧文化(とりわけ歴史の浅いB国文化)でしかなかったと振り返っています。それを目標にして戦後の短い期間で追いつき、ある面では追い越した訳ですが、それは沖積平野の土の上にポンと乗せられただけの、底が浅く根の無い文明でしかなかった事が、いみじくもこの震災で証明されてしまった、と言うしかなさそうです。

さて、ではこれからどうすべきかですが、先ずは皆の心の中に自然に対する畏敬の念を改めて醸成すべきでしょう。その上で、かつてその地域にあった伝統的なライフスタイルに注目し、少しずつでも良いので、それを参考にした根を張った産業、根を張った生活をもう一度築き上げるしかないとは思います。それは、東京発のアイデアでは実現できない種類のものであることは間違いありません。その土地にある、海や山や川や土地と、そこで手に入る産物を中心に据えた産業やエネルギー構造や生活スタイルを取り戻すべきでしょう。そうです、復興とは全く新たな文化を創るのではなく、かなりの部分は先人が工夫に工夫を重ねて作り上げた伝統的な生活を思い出しながら、かなりの部分はそれを真似る事に近いと言えそうです。その様な生活では、たぶんお金はあまり回りませんが、食べ物を含めた基本的なモノはそれなりに豊かに暮らせるはずだと思っています

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