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2012年3月18日 (日)

1665 Kザフの事

アッと言う間の出張で、もう日本に帰ってきましたが、Kザフの印象を追加します。治安については、南や西の都市では、隣接する国からの麻薬や犯罪の流入もあり、あまり安全ではない様にも聞きますが、ロシアに近い北や、モンゴルに近い東の地域、非常にのんびりした地域で、安全だと言えそうです。投稿者が滞在した街でも、夜間に一人で歩いてレストランに行っても、何の危険も感じられない雰囲気でした。車も増えている様ですが、歩いている人も結構多く、車屋さんには申し訳ありませんが、車の普及率と犯罪率は多分比例するのではないかと思っていますので、その意味では、政治的にも今の大統領が引いた中立的な路線が続き、内紛などが起きない限り、今後しばらくは安全な地域であり続けるとみています。この国も、それを見越してか、首府を南のAl,amityから北のAstanaに移したのでしょう。

滞在したのは、Ust-Kmenogorskというロシア(統治)時代に付けられたと思われる長い名前の街でしたが、気づいたことですが、交通マナーは全世界が学ぶべきものでした。交差点で、歩行者が横断しようとすることがはっきり分かる場合、車は信号に関わらず止まってくれるのです。車同士の譲り合いも「素晴らしい」の一語に尽きます。人種も、白人(ロシア系)とアジア系と中東系が「ほぼ均等」に混じりあっていますので、人種問題もあまり問題にはならないでしょう、街の中には、モスクもそれなりにありますが、あまり立派ではなく、頭にスカーフを被った女性も、Almatyでは少数みましたが、北東の街では見かける事もありませんでした。街の名前も、伝統的な名前のオスケメンという呼び方に戻しつつあるようです。

街の建物はレンガ造りで古いのですが、安い燃料や電力を使っての地域暖房や電化製品も揃っている様で、それなりに文化的な生活は送っている様ですし、豊かな鉱業生産が今後ともこの国の生活水準を上げ続ける事は間違いないところです。それを見越してか、往き返りの飛行機便でも、「利に敏い?」中国や韓国人のビジネスマンを数多く見かけました。資源小国の日本としても、数年も何もしないで推移すれば、後塵を拝すのは間違いないところです。人口1500万人ほどのこの国は、石油・石炭・天然ガスと始め、周期律表に乗っているほぼ全ての鉱物が産出するとも言われるほど豊富な地下資源は持ってはいますが、技術や産業基盤は低くて殆どの製品を輸入に頼っており、一方で日本は全くその逆ですから、これほど相互補完が上手くいきそうな組み合わせも少ないのではないか、と思えてなりません。その役に立つなら、今後何回かは日本とこの国を往復しても構わないとも感じました。

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