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2012年3月26日 (月)

1673 鳥の目

しかしながら、虫の目だけで世の中や現象を見るだけでは、全体としての方向性を見失うでしょう。国のマツリゴトでも、増税やその使い道である予算の事ばかり論じていても、堂々巡りからはなかなか脱出できません。そうではなくて、時には鳥になって、上空からこの国の姿を眺めてみる必要があるのです。一体何のために、国会があり、行政組織があり、税金や予算の仕組みがあるのか、彼らにはもう一度考えて貰いたいものです。

国の行く末を案じ、そのあるべき姿と取るべき政策を論ずるのが、政治家(Statesman)の本来の仕事のはずですが、23世議員やや業界団体の利害の代理人的な、職業政治屋には、その気配すら感じられません。時には、議事堂の天井付近から国会論議を眺める鳥になったつもりで、いまの重箱の隅をつつくような堂々巡りの論議を眺め、反省して貰いたいものです。あるべき姿が明確になれば、舵取りの方向や選択肢はそれほど多くはない筈なのです。政党とは、あるべき姿の描き方の違いで自然発生的に出来るものであり、政策の手法だけで群れるべきではないでしょう。そうでなければ、政治的無関心層が50%を超える様な、世界でも稀なシラケた国であり続けるしかないのです。

鳥の目を養うのは、しかしそれほど容易ではありません。先ずは何より、世界を広く見聞する必要があるでしょう。その上で、良い点は学び取り、良くない点は批判的に切り捨てれば、より確からしい価値観が醸成されるはずです。その意味で、政治家は当然としても、虫の目はしっかり持っている多くの技術者も、一方では鳥の目も持たなければならない事を、最も心掛けなければならない人種だといえそうです。そうでなければ、技術的には優れているが、公害を出し温暖化を加速する様な、社会に役立たない(あるいは有害な)モノを作ってしまうかもしれません。(出張のため明日は休稿です)

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