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2012年10月26日 (金)

1883 木枯らし

冬将軍の「鼻息」がかなり感じられる日々になりました。日本で一番日照時間が短い県であるここ秋田は、数日北西の風が吹き、空はどんよりした雲に覆われ、時々雪になり損ねた雨がばらばらと降ってきます。一昨日は、内陸の湯沢にバイクで出かけた帰り道、敢えて鳥海山の麓の山道を通りましたが、気温は10℃をかなり下回っていて、標高の低い里山の木々ももかなり色づき始めていました。雲間からチラッと見えた鳥海山はなんと中腹まで白くなっていました。山はもう冬に入った様です。11月上旬には少し暖かな日もあるのでしょうが、北国は冬の支度に掛からなければならない時期になりました。と言うわけで、さっそくタイヤショップに出かけ、冬タイヤの値段も聞いてきました。

朝の7キロ強の堤防ジョギングも、寒く北風が強い日は、かなり気が重くなってはきましたが、どうにか毎日続けています。とは言いながら、1か月ほど前に、ふくらはぎの肉離れを起こして以降は、歳も考えてコースの半分ほどは早足で歩き、後半を走る様に改善しました。

さて、秋田は40年ぶりのUターンで、これまでのしがらみをすっぱり切っての全くゼロからの出発でしたが、少しずつ「みちのくネットワーク」を広げつつあり、それなりに仕事も増えてきました。(まだ儲からない仕事ばかりですが…。)

今日から移動して、以前に岐阜で引き受けていた仕事のため、自宅に戻るので、このブログも約1週間休止です。

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2012年10月25日 (木)

1882 地熱利用

秋田県の内陸の町であるY沢市で開催された、[地熱エキスポ]初日、エネルギー講演会を聴講しました。県の副知事と、経産省と環境省の現役バリバリの二人の課長さんの、地熱を含む再生可能エネルギー談義を聞きました。そして、事前に予想していた通りややがっかりしました。それは、彼らの話が全て、再エネ「電力」の話に終始したからです。地熱エネルギーと言えば、国立公園内に深い井戸を穿って、150℃の熱水を掘り当て、熱水と蒸気を分離した上で、蒸気タービンを回して「発電」すると言う話だけなのです。経産省は、それを推進する立場で夢を語り、環境省は国立公園の景観や猛禽類などを守りながらそれとなく規制し、しかし再エネを増やして温暖化には歯止めを掛けたいとの板挟み状態を吐露し、県は新エネで新しい産業を興し、雇用を創出したい、との予想通りの講演でした。

しかし、発電に適する様な熱水が得られる場所は、火山国の日本でも限られている筈なのです。圧倒的に多いのは、温度が数十度の温水(温泉)の形で得られる熱エネルギーなのです。しかし、その様な比較的低い温度の熱源であれば、東北・北海道や北陸や山陰、九州を眺めれば、掃いて捨てるほど存在します。ならば、その様な熱源を利用する技術を磨く必要があるでしょう。

このブログでも、何度も書いている様に、熱は熱として利用するのが最も無駄が少ない筈だからです。熱を無理に電気に変えれば、熱力学の法則により、必ず熱を(低熱源)に捨てる必要がありますので、蒸気の温度や圧力を十分高くした火力発電所でさえ、熱効率は40%を少し超える程度しか確保できません。送電ロスを考えれば、熱エネルギーの3割程度しか電力に変換できないのです。それでヒートポンプを回して暖房をすれば、COPにより元の熱量程度は回復できるかも知れません。

そんな回りくどいシステムを作らなくても、地熱は熱として、暖房や給湯やハウス農業の熱源や、雪国の融雪にそのまま利用すれば良いだけです。低温低圧のシステムであれば、ありふれた町の鉄工所も、水道屋も電気屋も、こぞって地熱を利用する新エネ産業に参入できる事でしょう。今のお役所が考える地熱発電の構想では、結局はゼネコンや大企業が、国の補助金を使っての何億だか何十億だかの「公共事業」に終わらせてしまう事は目に見えています。

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2012年10月24日 (水)

1881 ウインドファームの嘆き

毎日走る(最近は歩きが多いです)堤防道路からは、鳥海山と麓の丘陵地に設置された風車群(ウインドファーム)が良く見えます。数えてみると10基以上立っていますから、まあまあの規模の発電所の様です。10㎞も無さそうなので、天気の良い日にバイクで見に行きました。近寄ってみると、全部で15基ありました。看板によると、風車の各々は2,000kwの定格出力を持っているとの事で、かなり大きなサイズです。風車のキャノピーには「EURUS ENERGY」とロゴが入っていますが、帰って調べてみると、T-メンなどが出資している日本の法人名でした。

かといって、風車自体が国産である訳ではありません。日本で最も良く見かける、角ばったキャノピーの風車は、世界でも有数の風車メーカーである、デンマークのヴェスタス社の風車に間違いなさそうです。(念のために調べてみてもやっぱりそうでした。)と言う訳で、技術立国を謳うこの国の、元技術屋としては、何時もの様に情けなさを感じてしまいました。最近、キャッチアップを図っているとはいえ、このくらいの規模の風車を立てるメーカーが、つい最近まで存在しなかった事が情けないのです。

しかし、歴史的に見れば、実はそんなに情けなかった訳ではないのです。前のオイルショックの直後、この国はエネルギー価格の高騰に打ちのめされました。そこで、国策として再生可能エネルギー産業を奨励したのでした。その当時は、太陽光発電は勿論、太陽熱(集光)発電、風車九発電は勿論、波力発電、海水濃度差発電、太陽光による水素発生、バイオマス利用などなど、ありとあらゆる再生可能エネルギーが試されたのでした。その中には、M重工の様に中型風車を開発し、B国の西海岸に700基ほど輸出したメーカーもあったのです。しかし、石油価格が大きく反落すると太陽光発電を除いて、ほとんど全ての再エネ技術を忘れ去ってしまったのです。その間にも、ヨーロッパでは細々と、後には着々と風車技術を磨き、シェアを確保していたのでした。もし、この国のメーカーも、たとえ10人のチームでも風車開発に残していたら、この国の風車は100%国産となっていた事は勿論、少なくとも世界の風車の半分以上のシェアを取っていたはずです。

喉元を過ぎれば(エネルギー危機の)熱さをすっかり忘れて、儲かる自動車や家電や弱電などに、猫も杓子もこぞって同方向のビジネスだけに集中する、この国のサラリーマン経営者諸兄の横並びの「サガ」が、投稿者には情けなく悔しいのです。横並び産業は、もし同時に苦境に立たされれば、皆で共倒れになるしかない訳です。

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2012年10月23日 (火)

1880 加工貿易

久しぶりでラジオから流れてきたこの言葉を聞きました。大げさに言えば、学校の教科書で習って以降かも知れません。ラジオの対談の中では、お隣のC国経済の状況の文脈の中で使われていました。ところで、元技術屋として、「加工」を考え続けてきました。加工には、「+の加工」、「-の加工」、それに「+/-ゼロの加工」、の三種類があります。加工貿易とは、原料や部品を海外から買ってきて、いずれかの加工を施して海外へ輸出する産業を中心とした経済構造を指します。

日本の場合は、確かに原材料(鉱石や石炭や石油など)を買ってきて、製鉄や化学工業を国策として拡大し、それを使った電気・電子産業を興し、それらを輸出して外貨を蓄積してきたのでした。(とたしか学校で習いました。)そこで問題になるのは、一体加工によってどれくらいの「付加価値」を原材料に乗っけたかになります。日本も最初の頃こそ、安い労働力を武器にして手間の掛かる加工を行っていましたが、高度成長期に人件費が一気に高まるや、自動化・大量生産化を指向してそれを乗り切ってきたのでした。デミングさんに教えられた品質管理手法を必死に駆使して品質を上げ、メイドインジャパンの名声を押し上げた結果、この国の企業は加工によって付与する付加価値の幅を増大させる事に成功したのでした。。

しかしC国の場合、生産手法は既に確立されていた日本などの自動化・量産技術をそのまま導入し、それをコピーしてラインを構築してきましたので、想像するに加工の「利幅」は最初から薄い筈なのです。加えて、沿海部では既に人件費もかなりのレベルまで高騰し、さらに上げて行かないと、国内のマグマが爆発しかねません。十数億のマンパワーが爆発すると、T安門事件の二の舞にもなりかねません。さて、C国経済がどこまで拡大できるかを素人なりに予測してみると、あと10年は持たないのではないかと観ています。

では、この国も含めて、何を考えて行かなければならないかですが、どう考えても「+/-ゼロの加工」技術を磨いていくしかないと思うのです。この加工では、基本的には加工に伴うゴミが出ませんし、単位製品重量当たりの加工エネルギーも最小化できるからです。「+/-ゼロの加工」とは、金属加工で言えば、それは例えば「塑性加工」などになります。

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2012年10月22日 (月)

1879 社会モデル2

その2では、経済システムを考えてみます。現在の経済システムは、全てお金で決済される仕組みです。お金に替えられないものは、実のところ社会的・経済的には価値のないモノと「仕分け」されます。絆だとか、助け合いだとか、満足感だとか、生き甲斐だとかはお金で計れないので、価値は認められてきませんでした。しかし、昨年の震災後はかなりその方向が変わってきたと見えるのです。勿論、喉元過ぎればの国民性を考えても、それが何年持続するかは見守る必要はありますが…。

さて、ここで提案する社会システムは、今はお金で計れない価値をどう評価して、価値化していくか。さらに言えば、市場経済の表面に現れない経済をどの様に経済システムの中に位置付けていくかが問題になります。地域通貨の試みは、前者の一つの解決策にはなり得ます。つまり、他の人のために働いた場合、ポイントが貯まっていき、そのポイントは自分が他の人からサービスを受けたり、地域産品などとの交換が出来る仕組みです。これは、結局は地域でお金を回す仕組みに他なりません。同様の「地域経済システム」は、他にも考えられると思うのです。これが一つのKWになるでしょう。

もう一つは後者、即ち通貨に変換しない経済システムの拡大です。これは、地域限定ではなく、全国的、あるいは国際的に拡大しても良いかもしれません。それは、バーター取引です。モノとモノを、お金を介さずに交換する仕組みです。これは、消費税では補足しにくい取引なので、GDP指標の外となる割合も増えるでしょう。しかし実際にはモノは流通している訳ですから、豊かさは低下しません。その結果、自動的に中央への集中も緩和されるはずです。つまり、モノが余っている地域から、モノが足りない地域へ、Point to Pointでモノが動きますから、中央市場を通過しないバイパスが出来るからです。一定量を超えれば、流石に国も税収低下を看過できませんから、課税の仕組みを工夫するでしょうが、ゲリラ的な物々交換は、誰にも制限できないでしょう。例えば、人と人とが、直接モノを交換する事に課税は出来ないからです。それは、プレゼント交換と何ら違いが無いからです。では、車1台に農産物を積んで行って、ある工場の裏口で、売れ残って倉庫に積まれている製品在庫と交換する取引はどうでしょう。持ち帰った製品は、別のモノと交換する代価とする訳です。この様な取引に課税するシステムは、現在の経済システムでは全く想定されていないからです。夜中に行えば「密取引」になるのでしょうか。この様な、経済外経済も、来たるべき時代には考えて行く必要もあります。お金は無いが、豊かな社会が出来るかも知れません。

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2012年10月21日 (日)

1878 社会モデル1

懸念の表明だけでは評論家とあまり変わりませんでので、何らかの提案を挙げておかなければ無責任と言うべきでしょう。ここでは、政治システムについて考えてみます。さて、戦後の政府や行政組織は、一貫して肥大してきました。それは、右肩上がりの経済成長や社会インフラの拡大に追随するためには、仕方のない事でもありました。官僚組織や国家予算は、経済規模に比例して(それ以上に?)拡大するものですが、一方でそれに伴う利権を貪り、あるいはその上に胡坐をかく政治家群が蠢いていました。そういえば、列島改造計画を打ち上げた強者もいました。

しかし、バブルの崩壊後の低成長(あるいは緩やかな収縮局面)に入ると、官僚数は流石に増やす訳にはいかなくなりましたが、既得権は縮小することなく、結果として国の予算は増え続け、債務は拡大したのでした。他の国でも同様の事態が進んだ事を見ると、ラテン諸国と日本の民族性は結構似たところがあるかもしれません。何しろ、農耕民族代表としては、取り敢えずは目先の1年を乗り切れば、コメは来年も収穫できる訳ですから、10年後の事を考える必要性も感じなかった事でしょう。コメの出来不出来は、結局は天候次第なので、誰かの所為にする事も出来る訳です。

そこで提案ですが、経済の縮小局面では、先ずは大きな官僚組織や中央集権制度は縮小せねばなりません。一度(税)中央に集めて、それを地方にばらまく非効率を考えるだけで、気が遠くなります。それは、国会の予算委員会や決算委員会の議論(と言えるかどうかはさておいて)を聞いていても、腹が立つだけであることが証明しています。金の出し入れやばら撒きに、どれほどの人数の官僚が必要かを考えてみるべきです。官僚は既得権を主張して予算を分捕り、自分の省庁に引き込むのです。そうではなくて、税は地方で集めて、地方に還元すべきなのです。当然の事として地域間で格差が広がりますが、それは一面では仕方がないでしょう。縄では繋げませんから、ヒトは住みやすい地方に移動するだけです。それを、飴と鞭で少しはコントロールする必要はあるでしょう。地方の自治体には、地域を住み易くするために必死の努力を傾け、住民にも可能な限りそれを助ける自助・共助の行動が求められます。全ての社会システムには、その構成員の目が十分に届いている必要があります。それには、構成員の人数を減らす必要があるのです。(スイスの直接民主主義参照?)

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2012年10月20日 (土)

1877 20世紀の叩き売り

朝のラジオのミニ解説番組で、いわゆる経済評論家が「20世紀製品のたたき売り」と言う言葉を使っていた(様な気がしました)。この言葉をバシッと受け取って、投稿者なりに噛み砕いて見ます。今世界を見回すと、アメリカ、ヨーロッパ、アジアを含め、多くの国々が不景気と財政赤字に立ち往生しています。お隣のC国が例外なのかと言えばそうではなく、欧米型の市場経済(もどき)をあまりに急激に導入した結果、格差の幅が劇的に拡大し、政治的安定が脅かされ、輸出先の不況により経済成長にも陰りが見え始め、まさに内憂外患状態です。

この期に及んでも、不況に悩む各国の政府は、御用経済学者も口を揃えて、20世紀型の右肩上がりの経済きぼかくだい活性化と、それにまつわる産業の振興策しか(景気回復策しか)打つ手がないと言い張り、少ない手段の一つであるお札の増刷(=財政赤字の拡大)を続けている訳です。まさに、20世紀型技術や製品や社会システムを、たたき売りをしているとしか見えません。たたき売りの後に来るものは、と言えば、原価割れで売った事による大赤字と、空っぽになった倉庫だけでしょう。そこには、将来の展望も希望も何も見えません。どうして、ヒトは過去のしがらみから抜け出せないのでしょうか。政治の世界を眺めていてしみじみ思うのも、まったく同じ感慨です。50年体制からいまだにがんじがらめになって抜け出せないどころか、泥沼に戻る恐れさえ見え始めています。お隣の国々は、未来から目を逸らし、歴史問題に戻ろうとしています。

どう考えても、私たちは21世紀の社会・政治システムと、経済システムのあるべき姿を、真剣に話し合って方向を定めて行くしかない訳です。人々は、何を生業にして暮らしていくべきか、それを支える産業や経済システムはどうあるべきか、政府は大きくすべきかそれとも小さくしていくべきなのか。21世紀に入って早や10年以上が経過しました、震災や原発事故と言う、望まなかったけれど大きなきっかけも貰いました。あとは、衆知を集めて考え、方向だけでも決めるしかありません。最も、確実な方法の一つはは何度も書くように、「慎重な後ずさり」である事は間違いありません。ヒントは、実は少し前の時代か、すぐ足元に転がっている筈なのです。

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2012年10月19日 (金)

1876 福島行き

昨日は福島でした。福島は、新幹線やバスでは何度か通過した事はありましたが、今回は目的があって訪問してきました。その意味では、今回初めて福島県に降り立つ訳です。行き先は県庁でしたが、建物は、東西の二つの庁舎に分かれており、巨木と言っても良い程の針葉樹に囲まれていました。庁舎のすぐ裏には、阿武隈川が滔々と流れており、東側をと見ると、吾妻山と安達太良山が見え、紅葉が頂上からかなり降りてきています。昨年の震災時は、この庁舎も上を下への大混乱に陥ったはずでが、今は見かけ上はしっとりと落ち着いた、典型的な地方都市の県庁のたたずまいに見えます。2階のロビーに、浜通りの津波被害の写真パネルがずらりと展示されていましたが、惨状と言う言葉でしか説明できない被害現場が写されていました。

今回の要件は、投稿者が作った、中小企業でも十分事業化できる、再生可能エネルギーの熱利用に関する資料を担当者に説明するためでしたが、感触はソコソコと言った感じでした。東北人は、一度火が着けば長く燃えてくれるのですが、なかなか火が着きにくい様な感じもします。とは言いながら、今後10年をかけて、「お経の様に」説明し続けるつもりなので、ジワジワ押し進めるつもりではあります。

さて往き返りに通った東北自動車道は、至る所で補修工事を行っていました。昨年通った時には、橋や立体交差の場所では、殆どの場所で地震の揺れで段差が出来て、仮補修をしていた状態でしたが、それを本補修しているのです。インフラを作るのも大変な工事だったのでしょうが、それを維持するのも結構なパワーを必要とします。いずれにしても、今回の秋田・福島間の往復560㎞のドライブも、結構骨が折れると感じる年齢にはなりつつあるようです。やれやれ…。

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2012年10月18日 (木)

1875 出口管理

ある状態をコントロールするには、入り口側で入りを管理する方法と、出口側でそれを行う方法があります。原発の例で言えば、発電所に運び込む燃料棒の量を管理するのか、あるいは使用済みの燃料棒の量で抑えるか、と言う話になります。これまでは、この種の管理(出口管理)はあまり考慮されず、電力需要の求めに応じて、ダラダラと燃料棒を運び込んできたのでした。その結果何が起こったかと言えば、使用済み燃料棒が処理できず、発電所建屋の中に設けられた、燃料プールに貯め込む一方と言う野放図な状態に陥っていたのです。原発がトイレの無いマンションに喩えられる所以です。さながら部屋の中に、肥溜めがある様なものです。

出口管理の考え方は、かなり以前に提唱されていました。それは、1960年代後半、いわゆる「宇宙船地球号」と言うコンセプトが、K.ボールディングらによって叫ばれ始めた時代まで遡ります。今、400㎞上空に浮かんでいる宇宙ステーションの中の生活では、地上から運び込まれた物資を、人数と滞在日数で割った範囲内でしか消費できませんし、廃棄物はと言えば宇宙ゴミを増やす訳にはいかないので、勝手に宇宙空間に放出する訳にはいかず、地球に持ち帰る範囲内でしか排出できません。つまり、物質収支は厳密に入り口と出口で管理される事になります。

環境を今以上悪化させないためには、この入り口と出口管理の考え方を地球上の各システムにも適用しなければなりません。原発でも使用済みの燃料棒を処理できる能力以上には、新たな燃料棒は運び込めない筈で、実質青森の再処理工場が稼働出来ていない現状では、新たに発電してはならない事になります。それが、原発廃止の絶対的な制約条件です。いわんや建設中の原発工事の再開など、全く問題外の外です。出口管理は、最終的には、一般の工場やコミュニティ、さらに言えば家庭レベルまで敷衍されなければならないのです。家庭に運び込んだモノは、人の口に入る食糧ですら、生ごみやし尿となって排出されますし、耐久消費財もやがては廃棄物となって燃えないゴミとなる訳です。

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2012年10月17日 (水)

1874 雪氷発電2

前稿に引き続き、温度差発電素子を考えてみます。温度差発電に使われるのは、いわゆるゼーベック素子ですが、基本は異種金属を接合したものです。その金属の組み合わせによって、起電力が異なりますので、これまでも種々の金属対が提案されてきました。身近に使われている組み合わせとしては、アルメル-クロメルと言う合金のペアで、温度とリニアな起電力特性を持っている事もあり、温度計のセンサーとして多用されています。

しかし、ここで提案するのは、面積で稼ぐ安い素子なので、安い材料で誰でも容易に作れる必要があります。材料の組み合わせは、専門の研究者に任せるとして、製法として有望なのは、1)印刷による方法、2)ショットピーニングによる異種金属の接合と微粒子化、3)マイクロ波を使う方法などがあります。1)は、既に太陽光発電素子などので実用化されており、フレキシブルなフィルム状の素子もできますので、用途は広いでしょう。2)は、金属表面に別の金属の球を高速で打ちつける事により、機械的に金属膜を生成する方法で、設備が単純であるため、低コスト化に有望です。3)は、アメリカの大学で研究されているもので、実験的な素子は家庭用の電子レンジで作られたとの事なので、これも比較的安価に製造できる可能性を持っています。

いずれにしても、効率などは低くても良いので、身近に手に入る安い金属で作らない事には、またぞろC国に偏在しているレアアースに頼らなければならない、と言う政治的な壁にぶち当たる訳で、ひたすら面積で電力を稼ぐ、という方向で割り切る必要はあります。

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2012年10月16日 (火)

1873 雪氷発電

秋田も、朝晩はメッキリ涼しくなってきました。日本の中では、日本海側に位置し典型的な雪国でもある秋田では、冬季には湿った雪がしっかり降ります。暖流である日本海流(親潮と言う懐かしい呼び方もあります)は、秋田と青森の県境付近まで北上しますから、秋田沖の海水温は冬季でも結構暖かいのです。従って、一般には寒いと思われている秋田では、寒波が来ると確かに氷点下には下がりますが、せいぜいマイナス数℃止まりなのです。一方日中には、北西の風が弱くなると、プラスの数℃まで上昇しますので、夜間に凍結した道路も、昼はシャーベット状に融けてしまうのです。

さて、雪の持つエネルギーですが、ほぼ0℃であるからと言って、雪に(内部)エネルギーが全く無い訳ではありません。それどころか、1トンの重さの雪は、概ね100kwhにも相当する潜在的なエネルギーを持っているのです。水の温度を下げて、1トンの氷を作る事を想像すれば、どれだけ電力を使って冷凍機を運転しなければならないか容易に理解できるでしょう。実際、エコアイスなどと呼ばれる冷房システムでは、安い夜間電力でかなりの量に氷を作っておき、それを使って昼間に冷房をするシステムが実用化されています。つまりは、冷熱と言う形で、エネルギーを貯めておくシステムだとも言えます。確かに雪国では大きな雪室に、冬場に雪を放り込んでおいて、夏場に作物貯蔵などで冷熱として使うというシステムも試験的には作られてはいますが、設備がかなり大掛りになる欠点があります。

出来れば、冬季にも、例えば地熱と雪氷の温度差を上手く使って、エネルギーを取り出したいものです。以前、フロリナートと言う作動流体を使った「雪発電システム」を紹介しましたが、ここでは比較的小さな温度差で発電する、熱電素子による温度差発電を提案しておきます。即ち、0℃程度の雪氷と、生暖かい地熱が得られる場所は、東北地方では全くありふれているため、その温度差30-40℃程度を利用して、熱電発電を行います。得られる電力は小さいのですが、何せ雪は嫌になるほど積りますから、面積で稼げば良いでしょう。日本には、なんと体温と気温との温度差発電で動く腕時計もある位ですから、後は得意のコストダウン技術で値段を下げてせっせと量産するだけでしょう。

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2012年10月15日 (月)

1872 エネルギーの部分自給

エネルギーの自給と言うと、例えば一般家庭で言えば、屋根に大きめの太陽光発電パネルを上げた上でオール電化にし、昼は電気を売り、夜は電力を買う事によって収支トントン、より大きなシステムではお釣りがくる、と言ったものを想像します。しかし、この考え方では、お金持ちの家庭はすぐにでも投資が実行できるでしょうが、そうでない家庭は、未来永劫エネルギーの自給はおぼつかないと言う事態にもなりかねません。

そうではなくて、エネルギーの自給も「部分的な自給」から始めれば良いのです。例えば、屋根に比較的安価な太陽熱温水器を上げたとしましょう。春から秋にかけての晴れた日には、そのままでは火傷をするくらいのお湯が沸きますから、その晩のお風呂は、ガスによる追い焚きを全く使わなくても家族全員が入浴できるでしょう。その日は、入浴に関わる部分では、エネルギーが自給できたことになります。雪が殆ど降らない地域で、太陽熱温水器の容量を増やして、寒冷期に朝晩の暖房にその熱が利用できるなら、それまではエアコンや石油ストーブで使っていたエネルギーが不要になり、これも部分自給が出来た事になるでしょう。またある人が、日常的に10㎞ほどの距離を車で通勤していたとしましょう。冬以外で、雨の降らない日は自転車で通勤する事に決めれば、やはりそれまで使っていたガソリンはかなり減らす事が出来る様になるため、自分の筋肉が持つエネルギーで、通勤に使っていた化石エネルギーの一部が自給出来た勘定になります。

つまり、エネルギーの自給=設備費の高い電力の自給と、短絡的に考えるのではなく、最終的に使われる形態のエネルギーを自然エネルギーや人力で代替すれば良いのです。そうすれば、知らないうちにエネルギーの3割や4割削減が達成でき、さらに工夫すれば半減も視野に入ってくると思うのです。新エネ発電や省エネだけで、大幅なエネルギー削減を考えると、大きな投資を覚悟しなければなりませんが、エネルギーの部分自給であれば、誰もがあまりお金を掛けないで、無理のない範囲内で実行できるでしょう。浮いた経費は、勿論将来の更なるエネルギー自給のための資金に回します。

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2012年10月14日 (日)

1871 初期化

今回のノーベル医学生理学賞のKWは「初期化」だそうです。受精して、時間が経過して(成長・老化)した細胞を、受精初期の状態にリセットできるのがIPS細胞であり、それをカエルの実験で見出した人と、人の細胞でも実現した二人が受賞しました。細胞の初期化は、さながら細胞におけるタイムトリップです。原理的には、遺伝子的に全く同じ動物や人間が何人でも誕生させる事が出来る様になります。考えてみれば恐ろしい話ではあります。

そんな難しく、こわい話はさておいて、ここで書いておきたいのは、企業における初期化のことです。企業活動においても勿論老化は起こります。よく言われる様に、ある事業の寿命(事業サイクル)は30年ほどと言うのが結構当たっているかも知れません。しかし、例えば100年も続く老舗企業が存続し得たのは、多分かたくなに技術(技能)を伝承し、しかし工夫も重ねながら殆どそれを老化させなかったか、あるいは2-3回ほど新たな事業を立ち上げ、そのたびに新生(初期化あるいは脱皮)を繰り返してきたかのいずれかの理由でしょう。

企業の初期化のためには、例えば既存の組織の中から、社内から数人を新たな事業のために切り分け、新たな「受精卵」として、いわゆる社内ベンチャーを立ち上げる事などが必要です。そのグループは、しかしその時の企業の事業や技術に左右されてはなりません。全く新たな事業セルとして、独立独歩、しかし母体となる事業からは、栄養分(資金や人的協力)だけは、胎児における臍の緒の様にしっかりと受け取りながらジンワリ成長させるのです。しかし、そのセルを、生暖かい環境に入れたままにするのは考え物です。人類が、高度に進化出来たのも母親の中の胎児が、絶え間なく外界の刺激を受け続けたからだとも言われています。もっともそう言っているのは、主に投稿者だけですが…。

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2012年10月13日 (土)

1870 答えの無い時代

私たちは、戦後の「短い平和の時代」の歴史の中で考えても、かなりの程度困難な時期に差し掛かっている様です。戦後やその後高度成長期はその意味では単純な時代でした。B国の庇護(+指示?)の元に、官民一体となって行けいけドンドンの政策で進めば間に合ってきました。結果として、それは功奏しました。一時は、世界第二の経済大国になった訳ですから…。

しかし、この時代、民が官に対して疑いを持っているのは、官僚エリートとは、予め答えの準備されている問題に特化した受験エリートでしかなく、答えの用意されていない課題に対する能力の無さだと思うのです。デフレ下で、どうやって景気を持ち上げ雇用を確保するのか、あるいは平和時に領土をむしり取ろうとする圧力にどうやって上手く立ち回って対処するのか、あるいは膨大に膨れてしまった国家予算と、結果としての天文学的な赤字をどうやって始末するのか、今の官僚や政治家は、実は明確な答えは持っていない様なのです。もし、彼らが答えを持っていたのなら失われた20年は、多分10年程度で終わっていたでしょう。

答えの無い課題に対処するには、あまり有効な手段は見当たりません。トライ&エラーにならざるを得ません。何故なら、課題の無い問題には、理詰めに問題を解決するための方程式がまだ出来ていないからです。その際に、眼前の課題だけを見つめていては、本当に途方に暮れてしまうでしょう。周りは四面楚歌の壁だらけですから。しかし、そのような場合には先ずは、例えば20年後、50年後、100年後を見越した青写真を作ってみるべきでしょう。つまり、取り敢えずは進む方向を見定める訳です。周りが壁だらけであっても、取り敢えずは高台に立って、遠くを眺めてみるのです。その際に参考になるのは、先人の失敗例や成功例に学ぶ事です。世界はどうやって大恐慌を切り抜けて来たか、先人はどうやって飢饉や大震災や戦後の荒廃から復興したか、いくつかのヒントはその中に見つかりそうな気がします。そうでなければ、七転び八起きで荒波を知恵を使ってくぐり抜けてきた人をリーダーに選ぶ事ですかね。間違っても、二世三世のお坊ちゃまは、リーダーに担ぐべきではありません。

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2012年10月12日 (金)

1869 腐敗

じっとして動かないものは、やがて腐敗します。その例は枚挙に暇がなく、十分に乾燥をしていない食品は勿論ですが、目に見えないものでは、長年構造改革が進まない官僚組織を始め、動かない在庫、長期間塩漬けにされた資本(稼働率の悪い設備などを含む)もやがては腐ってしまうものの代表だと言えます。

一方、転がる石が決して苔むす事が無いように、動いているモノは決して腐敗する事はありません。それは十分に日光が当たり、動く事によって風も当たるからです。ここで、心配しているのは、例えばこの国の停滞です。少なくとも、この20年以上も前に進んでいない様な気がします。むしろ、かなりズルズルと後退している様なのです。「前進」と言いながら、このブログでは、もちろん経済成長などは意味していません。そうではなくて、国の将来のあるべき姿の青写真がちっとも描けていない事が心配なのです。エネルギーも資源も、有限である事を前提として、社会システムや産業や生活スタイルへの提案が殆ど提出されていないのです。

政治家や産業会の重鎮と言われている人たちの専らの心配事はと言えば、やれ原発が止まって、エネルギーコストが上がり、景気がさらに減速する事や、やれC国やK国との領土問題を含め、彼の国の経済減速がこの国にも波及するなど、もっぱら目先の事ばかりです。そうではなくて、政治家こそ国家百年の計を語り、それをたとえ半歩でも進める政策を打たなければならない筈なのです。それどころか、彼らは捩れて古いロープの様に固まってしまった政局の中で、まったく解きほぐす事ができずに、ブレにぶれて(右往左往して)いるだけです。この国の政治にも、かなり以前から腐臭が漂っていると感じているのは、投稿者ばかりではないでしょう。だからと言って大阪辺りの人が、国を前に転がす力を持っているかどうかですが、残念ながらあまり期待はできそうもありません。

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2012年10月11日 (木)

1868 田んぼとCSV

今秋田では、巨大なSM(ショッピングモール)が計画されているとの事です。なんせ広さが半端ではない様なのです。Iオンなどが、アメリカで始まった「ショッピングモール」方式のSMを作り始めて10数年経過しましたが、アメリカ式のモールは、長いモールの両端に、著名な百貨店が入り、間の通路に専門店が並んで入ると言うスタイルが殆どです。一方、日本式のSMはやや異なり、一端にモールを経営する企業の食品スーパーを含むいわゆる普通のSCが陣取り、他端に家電量販店などが入り、その間に専門店街が入ると言うスタイルを取っている様です。SMは、市内の旧市街で買い物をしていた客を殆ど吸収する訳ですから、食品売り場を備えなければならないと言う条件からの必然です。

さて、計画中のSMですが、ここには何と遊園地やテーマパークの様な機能も持たせるとか。加えて、イベント会場なども備えるなど、兎にも角にもSMの「集客マシーン化」を図る目論見の様なのです。集客さえできれば何をやっても許されるものなのか、ここで立ち止まって考えてみる必要があるでしょう。

さて、その候補地はと見れば、今は優良な郊外の水田なのです。ここを埋め立てて、東京ドーム何個分だかのSMを作って、つまりはその分の田んぼを潰してしまう目論見を、苦労して美田に育て上げたご先祖様はどう思うでしょう。人さえ集まれば何をやっても許されると言い切るなら、企業のモラルは完全に崩壊しているとしか言えません。かつて「仁義なき戦い」と言う映画がありましたが、まさに「モラル無き経営」でしょうか。昨今は、見せかけだけのCSR(企業の社会的責任)だけでは済まされず、CSVCreating Shared Value=共通価値の創出)の時代に入ったとも言われます。企業活動の方向と、社会的問題解決のベクトルを合わせると言う考え方です。いまや、後継者が不足しているために、田んぼがドンドン放棄され、潰されていくと言う社会的問題の解決に、まさに製造業や小売業がどう立ち向かうかが問われている時代なのです。決してその流れを加速するどころか、田んぼそのものを潰す「悪行」などではありません。

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2012年10月10日 (水)

1867 熊笹

年に数回しか期待出来ない様な、素晴らしい晴天だった体育の日に、東北地方のど真ん中に鎮座する、秋田駒ヶ岳に登ってきました。雲一つない空の下で、1600m余りしか標高がないこの山から、北は岩木山、八甲田、東は岩手山や早池峰山、南を見れば鳥海山や遠くは月山や朝日連峰まで、手に取るように眺められる絶景を満喫しました。そういえば、まだ秋田に住んでいた若い頃、この秋田駒ヶ岳は大噴火したことを思い出しました。この山の溶岩はサラサラだった様で、テレビの映像で見る溶岩の噴出は、まるで打ち上げ花火だった様な気がします。その噴火で作られ、今は溶岩ドームとなっている女岳は、少しですがいまだ噴煙を上げている活火山です。

さて、今回は、男岳、女男岳、横岳を巡ってきましたが、驚くべき事は、森林限界より上の山の全面が隙間なく「熊笹」に覆われていた事でした。辛うじて熊笹より高く成長出来た灌木だけが、熊笹に覆われた斜面に、ポツポツを顔を出しているだけで、その他の植生の殆どが淘汰されている様なのです。雪の多い東北の山では、標高で千メートルも超えると観察できる筈のお花畑など、この山ではホンの限られた場所にしかなく、熊笹がまだ入れない土が少なく痩せた場所に、チラホラと高山植物が観察できるだけです。

こんな単調な植生になってしまった結果、そこに棲息する動物相も極端に貧しくなり、山でよく見かける昆虫はと言えば、極端に緑色の濃いバッタくらいでした。お目にかかるのが嫌な昆虫であるアブやハエさえ見かけない寂しさです。環境カウンセラーでもある投稿者の理想は、緩やかにグラデーションを描いた環境変化の中で、多様な動植物相が見られる、ごく普通の自然なのですが、どの様な環境の異変が、かつての多様な灌木や高山植物を枯らし、一方でそれに耐えられる熊笹を増やしてしまったのか、私たちは深く考えてみなくてはなりません。C国から飛来する酸性ミストが主な原因で降る酸性雨は、その意味では限りなく黒に近い灰色の犯人だとは思いますが、極端になった降雨量の変動傾向もやはり濃い灰色です。今年の場合、眼下の田沢湖の水位が、例年より4mも低い超少雨気象だったとの事。熊笹も、葉の一部が褐色になってはいますが、それでも今年の様な異常乾燥に対しても確かに強い抵抗力を持っている様です。

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2012年10月 9日 (火)

1866 オペレータ

1859で書いた様に、生産技術や設備は長足の進歩を遂げましたが、同時に進行したマイナス面を忘れる訳にはいきません。それは、作業者の技量の低下です。立派な、高度に自動化された設備であればあるほど、それを扱う作業者は、技能が殆ど不要な「オペレータ(操作人)」に成り下がってしまうのです。オペレータは、場合によっては単なる部品のローダ・アンローダ代わりだったりします。材料を機械に取り付け、スタートボタンを押します。加工が終われば、部品を外して掃除し、次の部品を取り付けます。

これでは技能が育つ筈もありません。従って、その会社が左前になって、放り出されても、手にロクな職がついていないままなので、憂き目を見る羽目になりがちです。数日前の公共放送で、岩手の職人の技を紹介していましたが、まさにあれらが熟練の技だと思いました、熟練の技は、その習得に数年から十年近く掛かるかも知れませんが、しかしそれは一生ものです。しかも、職人は、自分の時間を売るだけのオペレータではなく、手技を使った作品として売れるアーティストでもある訳です。

ビジネス(利益)の方だけ向いて、オペレータだけを育ててきた事を、企業経営者は素直に反省すべきでしょう。そうではなくて、自社の中にアーティストを育てるべきなのです。そうすれば、自社の製品の付加価値を大きく上げる事が可能となるでしょう。利益率の問題は、結局はその企業が原材料に乗せる事が出来る付加価値率(売値に対する付加価値の割合)の問題なのです。今の経営者は、無限の「コストダウン地獄」の中で利益率だけを確保しようともがいている様にしか見えません。

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2012年10月 8日 (月)

1865 有意義な暇つぶし

以前も何度か触れましたが、団塊世代が定年を迎え、過渡的な受け皿である、やや低い給料での定年延長勤務に入り、その後ボチボチと完全退職を考える時期を迎えています。都会でも、田舎でも、朝晩はそんな人たちが、ゾロゾロとウォーキングに勤しんでいる光景を目にします。世の中の景気が持ち上がらない現状では、早期退職の勧奨も盛んの様で、その予備軍もドンドン企業から吐き出されてきます。

勿論、彼らは熾烈な受験戦争をくぐり抜け、田舎を飛び出して高度成長社会をくぐり抜け、ローンで家も建て、それなりの退職金も貰っている筈なのでお金は持っている筈です。しかし彼らの体にガタがきて、床に寝付くまでにはまだ10年近くはある訳で、いまやこの世代の興味を想像すると、たぶん有意義?な暇つぶしを見つける事かも知れません。ここに、いわゆる団塊市場が存在する訳です。

有意義な暇つぶしは、先ずは自分の健康維持でしょうか。そのために、彼らは日々、朝夕に歩き続ける訳です。ならば、歩く事によって何らかの社会貢献が出来る仕組みを作れば、一石二鳥となるでしょう。例えば、万歩計の歩数をお金に換算し、歩くたびにいくばくかのお金が寄付される仕組みはどうでしょう。最近は、GPS付のMPやスマホがあり、歩いた距離や歩数が自動的に記録しアップされる仕組みもある様ですので、本人の手を煩わす事はないでしょう。管理会社に歩数情報が送られ、いくら寄付されたかだけがメールで本人に報告されるのです。

また、例えば歩く事によって、発電され腰に付けたバッテリーに充電される仕掛けはどうでしょう。発電できる電力は僅かですが、1千万人分も集まれば、かなりの電力が集まるでしょう。それを、自分で使うのか、あるいはコンセントから逆流させて、有意義な目的に使って貰うように寄付するのか、これもスマートハウスが出来る時代なのですから、比較的簡単な仕掛けで実現できそうな気もします。いずれにしても、彼らの日常行動が、目に見える形で何らかの社会貢献につながる仕掛けが必要なのです。そうでなければ、退職後の彼らの生活は、本当に無為な「暇つぶし」に陥ってしまうでしょうから。

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2012年10月 7日 (日)

1864 シェールガス

折角盛り上がりつつある再エネブームに水を差す様に、この夏から住み始めた秋田が「シェールオイル」でやや熱くなり始めています。何やら地下千数百メートルもの深さから石油が絞り取られたとか。秋田には、元々油田がありました。投稿者が生まれた町(由利本荘市)でも、かつて田んぼの中に油井を掘りましたが、その時は残念ながら石油が出ず、代わりに温泉が湧きましたので、温泉施設が出来ました。院内や八橋と言った場所には、かつて数多くの油井が立ち、細々ですが(水飲み鳥の様な機械で)純国産の石油を汲み上げていた時期もあったのです。しかし、圧倒的に安く、豊富な輸入原油に押されて採算が取れなくなったため、1970年代に入る頃には、殆どの油井を閉じてしまったのです。(まだ動いているものが残っている様ですので、遺跡?探しをしてみます。)

一方、現在でも鳥海山麓では石油が自然に浸みだす場所があり、庄内の月光川などでは、川の水が油分で少し濁っているほどです。そんな土地柄ですから、地下深くの頁岩(シェール)に含まれる石油分を絞り出せば、確かにまだ少しは石油が採れるはずです。しかし、その埋蔵量は精々国内消費量の数日分だとか、ささやかなGood newsと言ったところです。そんなささやかな石油開発にお金を使うくらいなら、もっと有効に使って貰いたいものです。例えば再生可能エネルギーの開発です。石油井戸を掘るお金があれば、地熱利用につながる熱水井戸でも掘るべきでしょう。何故なら、石油は掘ればやがて無くなりますが、地熱はほぼ無限に得られるからです。

私たちは、まだまだ「石油の呪縛」から抜け出せない様です。エネルギー会社は、国産石油が駄目でも、今度は深海のメタンハイドレートだと息巻いています。この黒い液体や、超強力な温暖化効果ガスでもあるメタン(天然ガス)は、戦後我々をすっかり虜(中毒)にし、与えてくれた利便性と引き換えに、すっかり無精者にもしてしまいました。石油や天然ガスが無ければ、夜も日も明けない社会になってしまったのです。国産のシェールガスには、ぜひ「採算が合わないので中止」との結論に落ち着いて貰いたいものです。私たちは石油の(悪)夢から、そろそろ醒めなくてはならないのです。どんな時代になっても、私たちには「お天道様(=太陽エネルギー)」と言う強い味方がついているではありませんか。

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2012年10月 6日 (土)

1863 アルミの可能性

クラーク数によれば、地球上に存在する物質の中で、アルミは酸素、ケイ素に続いて3番目なのだとか。勿論、天然に純粋なアルミが存在する訳ではなく、酸化アルミナの形でしか存在しません。比較的純粋な酸化アルミナは、ボーキサイトなどと呼ばれ、大規模に採取され、電力の安い国で精錬されています。日本には、アルミ地金の形で輸入され、ほぼ純粋なアルミが使われるアルミ缶やさらに合金されたアルミ合金(ジュラルミンなど)として大量に消費されています。勿論、アルミはリサイクルの優等生でもあり、アルミ缶やアルミ屑として9割方再利用されてもいます。

ここで、指摘したいのは、そのアルミの用途開発がまだ十分ではないと言う点です。アルミは、アルミ缶、高強度アルミ(ジュラルミン)として航空機の構造など、建材(アルミサッシやビルのカーテンウォールなど)、あるいは家電の筐体などに多く使われますが、意外なところでは軽量で導電性が高い点を利用して高圧送電線にも使われています。しかし、投稿者の見方はまだまだこの金属の活用範囲は広いと思うのです。

例えば車の構造です。ジュラルミンは成形性が悪いのですが、例えば逐次成形などの技術で成形すれば、車体の軽量化に有効です。あるいは、この金属を泡状にしたもの(泡金属)は、優秀な衝撃吸収材となりますので、航空機や車の安全性向上に非常に有効です。導電性をさらに上げれば、資源が限られる銅の代替にする事も出来るでしょうし、優れた熱伝導性能を上手く利用すれば熱交換器としての可能性は更に広がります。また、アルミとアルミナ(アルミナはセラミックの一種です)を傾斜的に複合できれば、理想的な輻射材料になるでしょうし、鉄の表面にアルミをコーティングすれば、鉄の耐食性は飛躍的に向上するのです。さらに言えば、アルミと鉄をメカニカルに結合できるFSW(金属を溶かさないで練り合わせる加工法)では、鉄とアルミの良い点だけを上手く利用できる道が拓けます。再溶解すれば、鉄とアルミは別々にリサイクルできるでしょう。つまり、建材需要の低迷で構造不況にあると思われるアルミ業界ですが、その未来は実はかなり明るいのではないか、と言うのが投稿者の見方です。

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2012年10月 5日 (金)

1862 生産性

生産技術、例えばオートメイション技術やロボット技術が絶え間なく磨き続けてこられたお蔭で、(労働)生産性は著しく向上してきました。つまり、一般的な意味で言えば、作業者一人当たりの生産量は飛躍的に向上してきた訳です。それまでは、例えば作業者が材料を機械にセットし、機械を操作して部品を削ったり、成形したり、溶接したりしていた訳です。しかし、今や量産品はロボットが機械に材料をローディングし、自動機械がプログラムによりそれをこなしています。

しかし、その結果何が起こったかと言えば、その様な自動化が進んだ資本力のある企業に就職出来たラッキー組と、相変わらず生産性の低い下請け工場で油にまみれながら忙しく働くあまり恵まれない組と、さらには仕事にすらつけない万年失業組に相間分離を引き起してしまったのでした。ヨーロッパの平均で、失業率が10%を超えたとか、SペインやIタリアでは、それが25%に上るとか、さらに若年層の失業率は50%にも達するとかのニュースが連日報道されていますが、それが行き着くところまで行ってしまったと言う感じもします。つまり、自動化による生産性の向上は、人々を豊かにする「魔法の杖」ではなかったと言う事を、いみじくも証明してしまった様に見えます。

ではどうするべきかですが、やはり社会の安定のためには、働く事が可能な全ての人は、何らかの職に就き、それなりに暮らせる収入を得て、慎ましく暮らすしかない訳です。誰かが、抜け駆けして投資をテコに、より高い生産性を実現して、高い収益を上げる行動の裏には、それに与らない多くの人が置いてきぼりにされている筈です。上手く立ち回らないのが悪いのではなく、それらの人もそれなりに働ける社会の実現をするしかないでしょう。具体的には、例えば、自動化機械で作った安い量産品を、手仕上げで丁寧に磨いて、より高い付加価値を生むようにするとか、手間の掛かる注文生産の割合を増やす等の方向で、単純作業の時間単価を上げていくしかないでしょう。続きます。

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2012年10月 4日 (木)

1861 砂糖とうつ

薬学博士、I田哲著の砂糖とうつの相関を示唆する新書に注目しました。長年の疑問であった、現代人のうつ傾向や、いわゆる「キレやすい」傾向を見事に説明しているからです。砂糖(糖類)の負荷に、モンゴル民族系の我々日本人も弱い事は昔から知られていました。同じ民族系のネイティブアメリカン(昔風に言えばインデアン?)やハワイなどに移民した日本人に、圧倒的に糖尿病の発症が多い事が、それを証明していました。アジア大陸の真ん中辺りの、食糧事情が貧しい地域に適応したご先祖様は、基礎代謝が低く、省エネ型の体質を持っていたのでした。そこに、欧米人と同じ、食生活を送れば、先ずはメタボになり、次いで糖尿病を発症しても不思議はありません。

この本では、さらに糖類の過剰摂取により、インスリンのコントロールに異常が出始め、ついには砂糖摂取後の急激な血糖低下(つまりは低血糖症)を引き起こすと説明するのです。血糖値の低下は、無気力を招きうつ傾向に陥り易くなるのです。そのため、際限なく甘いものや糖質(穀類)が欲しくなり、食後はうつ気分も解消するのですが、血糖値が急激に低下すると、それ以前より激しく落ち込む訳です。血糖値の異常な乱高下は、脳の異常も招き、感情も起伏も必要以上に大きく振れます。ある時間帯は気分が落ち込み、ある時間帯は異常に興奮し、あるいはつまらない事に怒り、ついにはキレる事になります。

一人当たりの砂糖の消費量、あるいはスナック菓子などに含まれる精製し過ぎた炭水化物の摂取量は、戦後に右肩上がりに増えました。たぶんそれは1970年代にもう一段急激に上昇し始めた筈です。勿論、糖負荷に強い人は、肥満以外特に問題は生じなかったのでしょうが、糖負荷に弱い体質の人は、うつや感情の乱高下に悩まされた事でしょう。糖質摂取の上昇と、例えばうつ病の罹患率、あるいは犯罪率などの相関を取ってみれば、多分見事な「正の相関」が観察される事でしょう。取り敢えずは、遅まきながら今日からは砂糖の摂取と、急激に糖化してしまう精製されたデンプン類の摂取には気を付ける事としましたし、家族にも同書を読むように郵送しました。

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2012年10月 3日 (水)

1860 炭素税

知らない間に10月から地球温暖化対策のための税(=環境税=炭素税)が導入されました。そう言われればM主党がマニフェストで掲げていた様な気もします。その後の、バタバタ騒ぎですっかり忘れられていましたが、ひっそりと法律が動き出したという事なのでしょう。しかし、やらないよりマシかも知れませんが、今回の環境税は、あまりにもささやかなレベルなので、その効果は殆ど期待できません。何しろ、今回の施行でガソリンで言えば、1リットル当たり0.25円程度ですから、四捨五入すれば、ガソリン価格に反映もできません。石油元請が税金をまとめて払う仕組みの様ですが、これでは石油や石油製品の消費抑制効果が、さっぱり発揮されない事は今から見え見えです。

抑制効果を狙うのであれば、最初はもっと大きな税の幅にすべきでしょう。法律の中で、世の中の様子を見て税率の再調整も出来る様にしておけば、景気への影響も加減できるはずです。この手の抑制を狙ったペナルティを伴う税は、いわゆる「ムチ税」ですが、ある程度の厳しさが無ければ、殆ど効かない事は、過去の税制で証明されているはずなのですが…。むしろ、別の「アメ税」(つまりは交付金や補助金)との併せ技を加えれば、「効き」は倍以上には出来るかもしれません。

一方で、この環境税で揚げた税収の使い道も何かボンヤリしています。省エネや再生可能型エネルギーの研究費に振り向けるとの原則の様なのですが、税金をお役人に預けておけば、好きなように切り刻まれて、新たな利権が何処かに生まれるだけに終わりそうです。研究費を公募した研究者や企業に交付するにしても、その窓口となる団体や管理法人が出来て、省庁からの天下り軍団の新たな受け皿が出来るだけです。それに10日も経てば、新たなニュースが上に積み重なり、殆どの人がこんな法律が施行された事すら忘れてしまうのでしょうし…。人の噂もムチの効果もやはり75日ですか…。

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2012年10月 2日 (火)

1859 ストーカ台風?

一昨日は、バイクを陸送するため、岐阜から秋田まで700㎞余り走りました。8時頃自宅を出て、途中昼前に長野の友人宅に立ち寄ったのですが、何しろ後ろから台風が追っかけてくるので気が気ではありません。長野に入った時は良く晴れていたのですが、2時間ばかり油を売っている間に空はみるみる雲で覆われてしまいました。長野から新潟県に入ると、運悪く台風が作っている雲の腕の一部に入ってしまい、真っ黒な空と前が見えない程の豪雨です。しかし、30分ばかり雨に叩かれましたが、それをくぐり抜けると雨が止み少し明るくなりました。夕方に新潟市を通過するも、台風に追いつかれない様に、休まずに走り続けるしかありません。(しかし新潟県は東西に長い!)その後、パラパラ程度の雨を何度かくぐり抜けて、夜9時過ぎに目的地到着です。着いた途端にバケツをひっくり返した様な豪雨でしたので、間一髪セーフです。人を追い回す、まるでストーカの様な台風でした。

さて、最近の台風の特徴ですが、上陸してもなかなか弱まりません。今回も、上陸して一晩走り抜けてもまだ「台風」のままで頑張っていました。それは、何かが台風にエネルギーを供給し続けているからに他なりません。何かとは、異常に高いままで推移している近海の海水温です。台風は、低気圧の一種なので、周りから大気を吸込み、中心では強力な上昇気流を作ります。出来た雲を周りにまき散らす段階で、強い雨が降りますが、雨とは考えてみれば水蒸気の凝縮したものなので、つまりここでは湿った空気の体積が急激に小さくなる場所なわけです。台風とは、さながら周りの空気を吸い続けるサイクロン掃除機の様なものだと言えるでしょう。

その掃除機のモーターが、暖かい湿った水蒸気(を発生させる暖かい海)ですから、この夏の酷暑でしっかり熱を蓄えている日本近海の状態が続いている限り、まだ台風がやってくる可能性はあります。勿論、秋に入り北極気団は少しずつ強まっていますから、今度の台風はもう少し南に押し流されるかも知れませんが…。いずれにしても、今後とも超強力な台風の襲来が、茶飯事になりそうな悪い予感がします。

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2012年10月 1日 (月)

1858 ブランド力

1857で出た「ブランド力」についてさらに考えてみます。ブランド力とは、高いお金を出しも、信じられないくらい長い時間待たされても、それが欲しいと思わせる「魅力」だと言えるでしょう。つまり、製品(やサービス)によって消費者を魅了する力だと言えます。ブランド力を持つには、結構長い時間が掛かる様に思えます。つまり、超お金持ちが、気に入った職人が作る製品が気に入り、それを買続け、使い続ける中で、それを横目で見た庶民も欲しがって、辛抱して小金を貯めて手に入れてみると、きっと素晴らしい満足感が手に入れられたのでしょう。

その魅力に取りつかれた庶民が、金持ちの日用品を、ブランド品と呼ぶようになったのだと、ブランド品を持った事が無い身としては、想像するしかありません。しかし、細々とですが長く技が引き継がれ、製品が作りつづけられてきた日用品は、今では工芸品などと呼ばれますが、日本のブランド品だと言えるでしょう。漆を丁寧に塗り重ねた食器や箸、あるいは杉の薄板を美しく折り曲げた弁当箱などの曲げワッパウェア?、山桜の樹皮を美しく張りつけたかば細工などなど、近年ではかなりの人気を回復し、ブランド化してきたと言えるでしょう。それらは、金属やプラスチックなどに無い、手触りや質感(クオリア)を持ち、手に持つたびに満足感が繰り返される訳です。

ブランド力を別の言葉で表現するなら、たとえ高いお金を払ってでも、所有する満足感を、使うたび何度でも繰り返して感じさせる力、と言えそうで、それが出来る製品(やサービス)さえ実現できるなら、ブランド化する事は、重要な意味がある行動だとも言えそうです。

そう言えば、30数年前、出張先で爪が伸びて仕方なく買った、ささやかなブランド品を1個持っていました、ゾーリンゲンの爪切りです。買った時は、3000円くらい取られましたが、折りたたむとペッタンコになり、それよりなにより今でも、きれいに爪が切れる優れものなのです。日本でも、爪切りについてだけ言えば、それらしいものがやっと出てきたような気もします。一生涯、あるいは孫の代まで使える製品なら、高価なブランド品も決して高くは無いとも言えそうです。勿論ここで言うブランド力のある製品とは、某有名デザイナーのロゴが入っているだけで、ゼロが一つ以上多い、あのブランド品とは違う意味で使っています。

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