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2012年12月31日 (月)

1944 今年のまとめ2

さてドロ舟の行く末です。たとえドロ舟ではあっても、その上に人々が暮らしている限りは前には進まなければなりません。どこに向かうかは別にして、時は進んでいくからです。出来れば、他の国の模範となる様な「持続可能性の岸」にたどり着きたいものではあります。そこは、海外からの資源やエネルギーや食糧にあまり頼ることなく、ソコソコ働いて、モノは豊かではないけれど、ココロは豊かに暮らせる世界と言うイメージになるでしょうか。

しかし、そんな暮らしは、時を数十年も遡って、田舎の暮らしを思い出してみれば、この国の至るところにありふれていたはずなのです。高度成長期とそれに続くモノが溢れた社会の実現の過程で、私たちの中の価値観だけが大きく変容してしまったと言うしかなさそうです。つまり、慎ましいモノを分け合いながら、家族や子孫の幸福を願うココロの満足感を至上のものと考えていた先人と、ゴミの捨て場所にも困り、edibileな食べ物を捨てるほど過剰に供給されるモノ・カネの魔力に染まってしまった我々の世代との違いです。

さて、震災後です。一時的には命が助かった事への感謝や人々の絆などが注目されたのもつかの間、現在の衆目は専ら景気対策しか見ていない状態に陥りつつあります。A倍ノミクスの中身を透かして見れば、お金印刷機のフル回転と、列島強靭化という名の「A倍版ミニ列島改造計画」しかない事は明らかで、短期のカンフル効果しか期待できないでしょう。しかし、カンフル効果がが切れた後の更なるサグ(sag)が、這い上がれないほどの「谷」になる事を懸念します。お金の問題をお金で解決しようとしても、貯蓄が無く景気の良い状態で何十年掛かっても返しきれないほど借金が膨らんでしかったこの国では、更なる借金を重ねるしかない事に皆が気が付くべきです。

そうではなくて、来たるべき時代には、お金はあまりなくても、皆で助け合ってココロ豊かに暮らす価値観と、その実現のための具体的な方法の提案こそが、求められている様に思います。新しい年に向けて、このブログでもそこに向けての提案をさらに増やしていきたいとは思っています。

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