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2013年1月 5日 (土)

1948 健院2

自動投稿からいつもの投稿に戻りました。1週間の帰省中はネットにつながらない暮らしでしたが、それはそれでノンビリしましたが・・・。さて、これは多分2回目のテーマです。ですが新年に当たって改めて考えてみます。「健院」は辞書には無いとは思いますが、言わずもがなですが「病院」の対句です。病院が病気になってから駆け込む場所であるのに対し、健院は病気にならないために通うところという定義になるでしょうか。病気になっていない人の健康を維持するコストは、間違いなく1桁か2桁は安く上がるでしょう。もしかすると、殆ど無視できるレベルかも知れません。それなのに、この国のリーダー達が口を揃えて「成長産業」を連呼する時、新エネ産業以外では、決まって出てくるのが、医療、介護、再生利用、新薬開発などなど「病院産業」ばかりですです。

一方で、保健と言う言葉がありますが、これまでの保健所の役割はやや後ろ向きだったと言うしかありません。関係者には申し訳ありませんが・・・。その証拠には、ニュースの中では、インフルエンザの予防接種とかノロウイルスによる食中毒とかの言葉と一緒にしか報道されない事ではありませんか。勿論、特に戦後「衛生」という言葉が日常語になった陰には、(初期は占領軍に指導されたと想像される)保健所の役割は大きかったとは思うのですが・・・。(我々の世代は、頭に占領軍支給のDDTを降り掛けられた経験を持ちます。)しかし、保健所が寝たきり老人やメタボ中年やメッキリ抵抗力が弱くなった子供達が増える傾向を積極的に食い止めたかと問われると、客観的にはNoと言うしかないと思うのです。

世の中のインフラや設備も同様なのですが、「機能」を持つ全てのモノや存在は劣化、老化します。機能不全に陥る(=寿命)までの時間を延ばすためには、一にも二にも「メンテナンス」しかないと思うのです。人のメンテナンスを行う場所こそが健院だと言い換えても良いでしょう。間違った使用法(=生活習慣)を正し、正しい作動状態(=運動習慣)を維持し、不足しがちな給油などの日常点検(=食生活)を補正し、そして小さな異常をごく初期に発見する「予防保全」こそが、健院の役割だと定義しておきます。そう考えれば、社会インフラや設備にも健院にも「予防保全ドクター」が必要な事が分かります。その任には、人に対しては、ベテランの医師やベテラン主婦+栄養管理士、リハビリトレーナー等、一方で社会インフラに対しては、暇を持て余しているはずのOB技術者が当たるのが適当だとの結論になりました。

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