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2013年1月 6日 (日)

1949 循環の意味

一体誰がEnvironmentを環境と訳したか知りませんが、確かに名訳です。何より、環境の中には循環の「環」の字が入っているところが素晴らしいと思うのです。全ての形あるものは、たとえそれが巨大な岩山であっても、やがて風化し姿を消します。川は、その流れの道筋を絶えず変えながら蛇行し、反乱を繰り返してきました。しかし、環境は一方で再生もしてきました、地球内部の強大プルームのエネルギーを使って大陸を動かし、海の形を変え、時には噴火で山や湖を築き、今の地球(表面)の環境を作ってきました。

しかし、その上に棲んでいるいるあらゆる生物(正確には殆ど全ての生物)がその姿を再生するエネルギーは、唯一太陽光しかない訳です。勿論、火山の熱水などからエネルギーを貰っている原始生物は存在しますが、それらは進化の過程から取り残された例外に過ぎません。つまりは、生き物に限って言えば、状態を維持したり、進化していくためには絶え間なく太陽の表面から地球に降り注がれる太陽光(の流れ)が不可欠である事が分かります。私たち地球上の生き物は、太陽光が降り注ぎ、それが遠赤外線となって宇宙空間に流れ去る、エネルギーの落差だけを利用して進化してきた訳です。実際には、エネルギーは流れ去るのですが、生き物はDNAにより再生するので、地球環境は見かけ上、循環を繰り返している様にも見える、絶妙の「フローバランス現象」だとも言えるでしょう。

しかし、唯一「ヒト」だけがこの絶妙のエネルギーのフローバランスの中に、余分なエネルギー源(化石燃料や原子力)持ち込んでしまったのでした。さながらそれはパンドーラの箱を開けてしまい、多くの災いを放出してしまった神話にも似ています。今も続くエネルギー争奪戦争、大きな貧富の差、公害や温暖化などの異常気象、さらにはエネルギー発掘権を巡る国境問題、放射能漏れ事故などなどです。

それでどうした、と問われれば、その答えは単純ですが、「持続可能性を高めることとは、如何に太陽光の恵み「だけ」に頼る生活に近づけるかの問題だ」と言うしかありません。それが「真の」循環型社会の定義だからです。

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