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2013年1月12日 (土)

1955 移染・散染?

Fクシマでは、いわゆる汚染除去作業(除染作業)が続いています。しかし、除染という言葉にはそもそも矛盾が抱合されているはずです。汚染を「消滅」させるのであれば、完全無害になるので除染なのでしょうが、単に汚染された建物や土壌を洗ったり、取り除いたりするのであれば、それは単に汚染の「移動」や「拡散」になるだけです。建物を洗い流した結果、汚染物質は水に移って下流に移動し、取り除いた表土は、フレコンに詰められて、どこかに移動させて積み上げられるだけです。勿論、広大な砂漠地帯など存在しないこの国では、精々人口密集地から少し離れた山林などに汚染を移す程度しか方法がないのです。これを正しい言葉で表すならば「散染」あるいは「移染」と呼ぶしかないでしょう。

砂に混じった砂糖や塩を分離するのがとてつもなく困難である様に、土壌や林床や樹皮に浸み込んだ汚染物質(パーティクル)を、選択的に分離するのはそもそも無理な相談だと言えます。しかし、T電や国には「それは出来ない」とは口が裂けても言えない訳です。仕方がないので、ゼオライトなどを散布して、その分子籠の中に放射能を帯びたパーティクルを取り込み濃度をやや上げた状態で除去するか、濃度の高い表土を上下に切替えして見かけ上の線量を下げる程度の方法しか残されていないのです。もう一つの頼みの綱は「半減期」です。不幸中の幸いは、半減期が長いプルトニウムは殆ど拡散せず、線量を上げていた主な物質は、ヨウ素とセシウムだったことです。放射性ヨウ素の半減期は数日ですから初期被ばくをモニターしておけば、殆ど無視できますが、半減に数十年も掛かるセシウムが問題です。そう考えれば、放射性セシウムと選択的に、しかも強固に結び付く物質の探索・発見(あるいは合成)しか、有効な移染の道は無さそうに思えます。科学者も勿論その様な物質の探索に努力しているのでしょうが、一向にGood newsがもたらされません。悲しい限りです。

一方で、半減期数万年という「プルトニウムに汚染された」使用済み燃料の処置については、まったくと言って良い程目途は立っていません。これなくしては、実は原発ゼロや廃炉の道筋も何もあったものでは無く、未来永劫放射能の五里霧中からは抜け出られないのです。使用済み燃料棒の安全な処理法の開発こそが、甚大な原発事故を起こしてしまったこの国の、産官学がこぞって成し遂げなければならない責務だと思うのです。

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