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2013年1月16日 (水)

1959 外圧国家

個々の歴史的事実に当たった訳ではありませんが。この国は、多分外圧だけで変ってきたのでしょう。古くは中国の中心(中華)に詣でて漢字・仏教などを含む大陸文化を学び、江戸末期にはペリーに無理やり開国させられ、文明開化で欧米とりわけEギリスに社会や政治システムを学び、戦後はB国の子分(と言うとやや情けないので弟分と言い直しておきます)になる事によって、大きな混乱を伴わずして、しかし大きな変化を伴って発展してきたのだと言えそうです。課題の解と言うか手本が既にあって、先ずは盲目的に模倣し、それをこの国風にアレンジすれば良いので、「成果/努力=変化の効率」は常に最大となってきたのでした。

しかし、外圧で変る事に依存し過ぎ、それに慣れ過ぎた結果、この国は自ら路線を引く事をすっかり忘れてしまった様なのです。例えば、世界でも断トツの先頭を走っている行き過ぎた「少子高齢化社会」に向けた社会のシステムやその中で機能する経済活動などの仕組みに関しては、実は参考となるモデルは、歴史上も存在していなかったと思われます。ならば、私たちは最大限の知恵を絞って、それを乗り切る方策を考え出さざるを得ないのです。この問題は、外圧や海外の先進例を待望してもその答えは何処にも転がっていないからです。

この問題の根は、たぶん少子高齢化社会でのそれぞれの世代の役割分担の在り方だと思うのです。とりわけ高齢者が社会のお荷物となる事態だけは何としてでも避けなければなりませんし、それどころか高齢者こそ進んで社会の下支え(コヤシ)になる事を考えなければならないでしょう。そのためには、高齢者も踏ん張って筋トレをし、食生活にも気を付けて、お荷物(=寝たきり)にならない努力も必要でしょう。

私たちには最早外圧や真似をするお手本を待っている様な時間はありません。それどころか、すぐ後を追いかけている、一人っ子政策の国や出生率のあまり上がっていない欧米諸国の先を走る少子高齢化国のトップランナーとして、率先垂範で範を示す責務も負っている筈です。

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