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2013年1月23日 (水)

1966 天気と景気のアナロジィ

1962の続きです。Aべノミクスが今の日本の「風」であるとして、しかしそれが「この国の空気」になるかと言われれば大いに疑問です。確かに新しいリーダーは、「小型扇風機」を据え付けて、ブンブン回し始めましたが、それがこの国や世界の上空を吹いている季節風と同じ方向だとはとても言えません。それどころか、投稿者の目から見ると全くの逆方向に風を吹かしている様な危うささえ感じます。

それを喩えるならば、扇風機(景気対策+金融緩和)をぶん回す事により、自分はその推力に負けて後退している絵が浮かびます。似たような例として、若い頃瀬戸内で小さなヨットを乗り回していましたが、瀬戸内海の潮流は激しいので、いくら良い風が吹いても、潮の流れが自分が進みたい方向が逆だった場合、陸地に対してはむしろ後退していたことを思い出しました。もっと言えば、これは台風のど真ん中で扇風機を回すのとあまり変わりません。勇気もパワーも知恵も必要ではありますが、台風の目に直接働き掛けない事には、扇風機の効果が切れた時には、ますます強い風を受ける事にもなり兼ねません。

結局、経済とは「方便」であると見定めなければ、何も変わらないのだと思っています。方便ですから「彼ら」は、ハッタリも小さな恫喝も、ウソも何でもありのなりふり構わぬ行動も許されると主張します。しかし、方便は決して「原理」や「真理」ではないのです。虚言癖で村人から信用されなくなったオオカミ少年がいた様に、直近の経済活性化を期待させる言葉やお金や債権の増刷だけでは、その効果が切れた時、現状からの後退に終わる可能性もあります。経済における台風とは、間違いなく巨大な財政赤字である事は明白です。台風の中で扇風機を回す事とは、たった今の向かい風を弱める悪あがきと言うしかないでしょう。そうではなくて、風をどうにか掻い潜って、台風の目に近づいて行って、そこに働き掛けるしかないのです。かつて票集めのために大盤振る舞いをしていた党が、成り行きで蘇ったとはいえ、新しくもないリーダーには期待はできません。私たちは、自分達自身の知恵と行動で、難局を乗り切るしかなさそうです。政治には、最低限、台風の目に立ち向かう決意表明だけはして貰わないと困ります。この国では、言いっ放し、やりっ放しで結果責任も取らず、1年程度で後退した(させられた)リーダー達の何と多い事でしょう。元技術屋の経済問答など休むに似たりですが、具体案については続きます。

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コメント

アベノミクスどうなるんでしょうかね。、
株価も下がりましたし。
景気回復に早くなってくれればいいのですが。

投稿: starfield | 2013年1月23日 (水) 19時50分

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