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2013年1月28日 (月)

1971 新産業興し2

さて具体的な新産業の中身です。とは言いながら、人々のニーズ自体が新しくなる訳ではありません。相変わらず、基本的な衣食住充足こそが、ニーズのベースであり、そのための「ベース産業」はしっかりと残していかなければなりません。しかるに、未だに20世紀型の「TPPでバンバン輸出して足りないエネルギーや食糧を輸入すれば良い論者」が幅を利かせるこの国では、体質改善も遅々として進まないというリスクも高いのです。

そうではなくて、ますます厳しくなる輸出産業を取り巻く環境を考えれば、基本的な(衣)食住のニーズに対する国産率を増やすための産業は、絶対に拡充する必要があるでしょう。その意味で、農業生産を上げるための研究開発者や農業従事人口を増やし、食糧の自給率を上げる必要もあるでしょう。また山林も、国産材の産出を増やすために適正に伐採、再生させる林業・製材業に加えて、その残材を活用したバイオマスエネルギー産業をきめ細かく育てていく必要もあります。もちろん、化石燃料に頼りっ放しのエネルギー産業こそ、大幅な体質改善が必要です。国産の再生可能エネルギーを増やした分だけ、20兆円を超える1次エネルギーの輸入を減らす事ができ、その分輸入に必要な外貨を稼ぐ必要が無くなる訳で、メーカーも身を削るギリギリのコストダウンで、無理して製品を作る必要もなくなります。これらの産業をもう一度再生し、国産率を上げる事により、たとえ経済のマス(ボリューム)が小さくなったとしても、健康体の社会に近づけるのでないかと思っています。

結局、この国の血管(モノ・金の流通)は、まったくの輸出頼み体質であるが故に動脈硬化を起こし、立ち行かなくなったと思うのです。海外の途上国の産業もそれなりに力をつけ、一方で食料やエネルギーの輸入が減らない(国産化率が低下している)状況に歯止めが掛からない限り、この国の経済体質が変わる筈もありません。ベースとなっているニーズを充足させる産業の国産化率を、環境に配慮しつつ向上させる事こそ、新たな時代の産業だと思うのです。その意味では、「新産業」と呼ぶのはあまり正しくなく、「新しい時代のあるべき産業の姿」とでも呼ぶべきでしょうか。さらに続きます。

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