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2013年1月29日 (火)

1972 落穂拾い

1971に新たな時代に向けたあるべき産業の姿と書きましたが、それが必ずしも最先端の科学技術や大規模資本で達成するものでは無い事はしつこく繰り返しておく必要があります。何故なら、例えば「新エネルギー」を取り上げて見ても、大型風車群による発電やメガソーラなどは、大規模な火力発電所や動かせなくなった原発を、そのまま代替させようと言う「安易な」考え方で、そこには何の工夫もありません。お金と工業技術さえあれば、何とかなるので、20世紀型の考えに凝り固まった政治家や企業家・技術屋には取っつきやすい方向です。

しかし、今後の社会に求められるのは、徹底的な地域分散型でかつ自律型(自律型)のシステムなのです。その意味では、同じ太陽光発電も、戸別の屋根発電は、メガソーラに比べれば、かなりマシなアプローチだとは言えます。それがベストと言えないのは、これでも大規模な工場で生産される工業製品であり、例えばある日決意を固めたとしても、地方の中小起業家には手も足も出ないからです。彼に出来るのは、精々パネルを取り付ける架台を作って、屋根に取り付ける事業程度になるでしょう。それでも、地域に雇用が生まれる点においては、メガソーラより何倍もマシなのです。

ここで、落穂拾いと書いたのは、私たちがこれまで「利便性」の御旗の元に打ち捨ててきた、地域のある(あった)資源を、再度見直して、拾い上げてみては、と言う提案なのです。例えば、投稿者の生まれ故郷には、「財産区」と言う制度があって、地域のバックの山林は、地域の共有財産でした。これは今でも変わっていない様で、変った事と言えば山林や里山が切り開かれて、住宅や商業地域になり、財産区は地代を得る様になったと言うことくらいでしょうか。しかし、そこにはご先祖様たちが植えた松林や雑木林もかなりの規模で残っています。それは、かつては地域の薪として、伐採⇒樹木の萌芽再生によって回っていたバイオマス資源でした。地面を掘れば、火山である鳥海山の恵みである、暖かい地下水(温泉とも呼びます)も汲み上げる事が可能です。火傷する程は熱くなくとも、入浴や暖房には十分すぎるくらいです。少し、田舎に行けばなだらかな里山から流れ出る数多くの小川がありますので、田んぼで働いて貰う前に、少しくらいなら電力も起こす事も出来るでしょう。かつて、この水は水車小屋に導いて、精米や粉ひきに使われていたものだった筈です。ここ秋田では今でも、少し(かなりかな?)田舎に行くと現役で動いている水車小屋を見る事が出来ます。「落穂」は、少し注意力を傾け、自分の足元を見るだけで容易に見つける事が出来る筈です。

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