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2013年2月17日 (日)

1991 4次産業

1190の続きです。中学校で習って以来、産業は1次、2次、3次に分類する事を常識として認識させられてきました。しかし、環境屋を志し、今は再エネ屋を目指す身として、ここで足りない部分を補っておきたいのです。それは、どちらかと言えば静脈の部分に当たる産業の定義になります。現在の静脈産業とは、「廃棄物」と呼ばれる不要物を有料で引き取り、大まかな分別・破砕を行った上で、リサイクルできないモノを、安定化対策を行った最終処分場に埋め立てる産業を指します。分別された燃えるモノは、焼却炉で燃やして減容し、灰はやはり埋め立てます。

しかし、早めに退職する前の2002年、環境先進国と言われるDイツの見聞旅行に出かけた時に、習ってきた言葉があります。それは、「廃棄物とは間違った場所(つまりはゴミ捨て場)に置かれた貴重な資源の事である。」と言うキャッフレーズでした。それは、ゴミの焼却を可能な限りゼロにしようと言う、遠大な計画を実現するための基本として提出されたものでした。そのために、彼の国では小学校の低学年で、徹底したゴミの分別を授業として教え、安い外国人労働者も活用しながら、徹底したゴミの手分別を推進していました。その結果、2002年当時で、Dイツ国内のゴミ焼却場は、何と3か所にまで縮小されたのでした。

確かにゴミを徹底的に分別すれば、それは原料や製品のなれの果てである筈なのです。家庭ゴミでも、それは食品残差(残飯)であり、包装ゴミであり、紙類であり、使い切った乾電池であり、古くなった電化製品であり、着なくなった衣類であり、掃除機の綿ゴミであり、割れた食器類であり、使わなくなった家具類だったりする訳です。もし、これらを完全に分別できるなら、それは最早ゴミではなく資源に生まれ変わるモノどもなのです。子供の頃、残飯は近所の養豚農家の飼料でしたし、その豚舎から出た敷き藁は、立派な堆肥となって畑に戻されました。

今の技術を使えば、上に述べたゴミは立派な原料に戻せる筈なのです。プラスチックは、汚れを落として、その種類毎に完全に分別すれば、再度溶解して原料に戻す事が出来ますし、一部は再エネとしてリサイクルできるのです。その様な、再資源化、再エネ化の流れを作る産業こそ、ここで4次産業と名付ける産業に相当するのです。そのスタート点は、今は消費者と呼ばれている私たちが「資源分別者」となることなのです。このブログは岐阜に帰省のため数日休稿です。

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