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2013年2月28日 (木)

2002 10万アクセス

カウンターによれば、どうやら今日明日で10万アクセスを超えそうです。思えば、2006年8月以降、ほぼ毎日、はじめの頃は日に2回も投稿しながら、やっと2000題を少し超えるところまで書き連ねてきました。10万アクセスとは言いながら、自分でも確認のためにアクセスしますから、厳密にはカウンター数から数千回を引いたものが実際のアクセス数でしょう。しかも積極的に購読を働き掛けている訳でもないので、少数のリピータと偶然K/Wで立ち寄った人たちによるアクセスでしょうし、しかも写真や絵も一切無い「字だらけ」のブログなので、この程度のアクセス数になるのでしょう。従って、1題当たりの平均で言えば50アクセス程度に留まってしまう事になっています。

ある熱心な人が、スクロールしながら一度に読める約1000題を、しっかり読んでもらったとのコメントを貰いましたが、1か月以上かかったとこぼして?いました。お疲れ様でした。

さて今後ですが、勿論環境ネタが本ブログの主題ですが、更に「再エネ」ネタを増やしながら、肉体的にあるいは頭がボケて書けなくなるまでは続けるつもりです。健康で書き続けられている事に感謝です。またそれを何人かの方に読んでもらっている事にも感謝です。本稿は自動投稿ですが、2/28から3/1日は東京・仙台出張なので、1-2回ほど抜ける予定です。

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2013年2月27日 (水)

2001 特産品

地域興し論議が各地で盛んですが、中身を見ればどこでも競って「特産品」の開発や、地場産品の「ブランド化」に血道を上げています。しかし、そもそもどこの田舎であれ、それほど際立った特徴などはない筈なのです。敢えて言えば、都会ではない「田舎」と言う特徴を持っているだけです。それは1999に書いた様な特徴や潜在力を持っているだけなのです。特産品やブランドなどと声高に叫ぶのは、それらを使って他の地域とは「差別化」し、ヒトやカネを少しでも多く集めたいと言うやや情けない行動だと言えるでしょう。

そうではなくて、田舎は堂々と「普通の田舎」としての特徴を打ち出せば良いのです。特産品などと変な力を肩に入れなくても、よくよく地元を眺めてみれば、昔ながらの特徴のある食べ物だとか、手芸品であるとか、あるいは観光にも十分耐える景色だとか地形だとかが見つかる筈なのです。それらをごく自然な形で、最近のツールで言えばSNSなどに露出させれば、やがて誰かが注目し、ネット連鎖によって少しずつですがヒトやカネが引き寄せられてくるでしょう。特産品やブランドなどと言うものは、決して短期で作り上げるものではなく、結果として時間を掛けて評判が盛り上がるものだとも言えます。

何とか牛だとか、何とか梨だとか、何とか米だとか、大騒ぎでお金や手間を使って宣伝しなくても、良いものはやがて知れていくものなのです。漬物や味噌や醤油、昔ながらの品種の野菜だとか、山菜など探せば色んなモノを「再発見」出来る筈なのです。必要な事は、しっかりとした品質の確保だけです。誤魔化さない、何も足さない、何も引かない、実直な生産者の顔の見える品質こそが全てだと言えます。それに必要な行動は、それらの産品を比較的狭い範囲の限定的な固定客に向けて、確実に届ける事に尽きるのだとも思っています。ネット販売のヘビーユーザーなど、その産品の本当の良さもろくに分からない「ワンタイムの消費者」に媚びる必要などまったくないのです。

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2013年2月26日 (火)

2000 バッテリー問題

あの旅客機のバッテリー問題を追加で考えます。偶然ですが、Liイオンバッテリーの開発時の苦労話が書かれた本を読みました。一言で言えば、このバッテリーの開発は「発熱(発火)」問題との戦いだった様なのです。このバッテリーの性能の高い事は、色々な報道でも知られてきた一方で、パソコンや携帯電話やスマホでの「発熱(発火)事故」も多く目にしていた様な気がします。

発火事故の根本原因は、実は正極と負極の間にあるセパレータの性能に起因するものが殆どの様なのです。セパレータは、正極と負極を隔てる壁で、イオンは通過させなければならない一方で、電解液は分離しておかなければならないと言う、一見矛盾する難しい役割を担っています。しかし、この電池の弱点は、炭素電極に担持されていた金属イオンが電解液中に溶出し、それが微細な金属ヒゲ(ウィスカ)に成長し、ある限界まで来るとそのヒゲがセパレータを突き抜けて短絡し、結果としてジュール熱による発熱(発火)事故を起こしやすいという事の様なのです。しかも過熱した電解液からは可燃性のガスまで出ると言うオマケの弱点も持っているのです。

想像ですが航空機の場合、電動アクチュエータを小型化(軽量化)するために、高い電圧(+強い電流も)で動かしていると思われます。その結果、陸上用のバッテリーに比較して、余裕が削られて、条件が厳しめの設計になっている筈なのです。それが今回の直接の事故原因かどうかは、素人の推測の域を超えませんが、いずれにしても完全に安全対策が確立された技術ではないハイテクに飛びついた、(石橋を叩いてもなかなか渡らなかった)B社らしからぬ選択であったことは間違いないでしょう。欧州のA社との競合に晒されて、やや手柄を焦った技術屋のフライングかも知れません。この上は、ここ数日報道されている様な、「姑息な」対策や改良などは諦めて、スッパリより実績の多いNi-Cd電池などに戻すべきでしょう。その結果、機体重量が少し重くなっても、エアラインに頭を下げて乗客数を一人か二人減らせば済む話です。「安全第一」が全ての製品の大原則ですから。この問題については一応ここで締めくくります。

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2013年2月25日 (月)

1999 田舎パワー

秋田にUターンした理由の一つは、田舎パワーを求めての事でした。田舎には、目には見えにくいのですが確かに力があります。人口に比較して圧倒的に広い田畑、冬は悩まされるがドカッと山に降り積もった雪(凍った雨)による豊富な水の流れ、その山にご先祖様が育んできた針葉樹や雑木、村や町に必ずといって良い程湧いている温泉、海岸がある地域では豊富な海の幸などなど、それらはまさに田舎パワーの源泉です。高齢化率が日本でトップクラスのこの地域ですが、他方では昔の田舎暮らしの知恵を持った、ジジ、ババの数が最も豊富な地域であるとも言えます。彼らは、雪国の厳しい冬を乗り越える知恵も、殆ど人力と畜力で山の際まで田畑を耕す知恵も、山の恵みである木材や山菜を持続可能な形で利用する術も完ぺきに熟知している筈です。

生れ故郷であるこの町は、合併でだだっ広くはなりましたが、それでも昔の地区ごとに編み出された、その地域独自の資源や知恵を残している事でしょう。もう少し、この地域の人たちと親しくなったら、これらのパワーを拾い集め、まとめてみたいと思っています。そのためには、是非然るべきサイトが必要です。昔の単位で言えば「集落」です。出来れば、そこに住居を構えてじっくりと四季折々の暮らしぶりの眺めてみたいものです。

そこには、是非壊れていても良いので、水車小屋があって貰いたいし、炭焼き小屋の跡もあって貰いたいのです。もっと理想的には、近くに湧水か温泉が湧いていて貰いたいものです。暮らす事になる敷地の裏には、今は人も入らずうっそうとしているであろう「里山」があって欲しいものです。春になったら、近隣をバイクで走り回って、そんなサイトを見つけたいと、ひたすら雪解けを待つ今日この頃です。

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2013年2月24日 (日)

1998 外挿ではなく

この国のシステムの殆どが実績主義によって次年度や中期計画を立てられます。つまり、この仕掛けでは、未来は過去の延長線上でしか計画できない訳で、まったく不自由で「外挿的」であると言えます。このブログで、タイトルを替え言葉を替えて述べているのは、そうではない内挿システムなのです。内挿をするためには、実は望ましい到達点が見えて(あるいは想定出来て)いる必要があります。予め「望ましい未来の青写真」を描いておく必要があるのです。そのゴールに向かって、来年、さ来年とステップを進めていくわけです。ゴールがはっきりしているので、途中のステップにもブレが少ないはずなのです。

今の延長線上での議論であれば、これまでのこの国政治の様に外的要因(例えばITバブルやリーマンショックの様な)小さな外乱によって右往左往することによって、その時取った場当たり的な対策が、結局は時間が経過する程、ブレ量が大きくなる訳です。赤字国債は、確かにその場の状況で判断すれば、一つの手段であったでしょう。O渕さん一人を悪者にする事は簡単ですが、問題は赤字の累積が全く止まる気配もなく一貫して増加してきた事実なのです。H本さんなどの数少ないリーダー達が遠慮がちにブレーキを踏んだ事もあった様な気もしますが、ブレーキを踏んだ途端に彼らは不人気になり、その都度はじき出されて来たのでした。その意味で、Iタリア辺りで、国の財政を傾けさせたあの大盤振る舞いリーダーが、人気を回復している構図と、実は中身はそれほど変わらないでしょう。この国と長靴の形をした国が、度々比較される所以です。

さて、内挿システムのあるべき姿ですが、実はバラ色ではありません。それは、お金やモノと言う物差しを使う限りにおいて、との注釈がつけた場合の話なのですが…。それは当然の事で、エネルギーやモノは「有限」ですので、それを狭い地球上の生き物が分け合うと考えた場合、途上国の人口増と豊かさを求めるパワーと言う背景の元では、不自由になるのは当然だからです。モノと経済の右肩下がりの一方、ココロの豊かさをバランスさせた、あるべき姿の青写真は一体誰が描いてくれるのでしょうか。取り敢えずは、自分の人生でそれを実行してみようと考えて、投稿者はサラリーマンの階段を降りたのでした。

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2013年2月23日 (土)

1997 意識の問題

リーダーの訪米もありティー・ピー・ピー論議が盛んです。しかし問題の根っこは単純な筈です。つまり、もし関税がゼロになったとしても、この国の人々が輸入品にそっぽを向き、国産品を愛用し続ければ良いだけなのです。安いと言う理由だけで商品を選ぶ消費態度こそ、避難の矢面に立たせるべきでしょう。トレーサビリティを徹底して、顔の見える生産者⇒消費者の関係をしっかり根付かせておけば、関税を取っ払っても怖れる事は何もないでしょう。たとえ値段が安くても、過剰な(ましてや有害性の高い古いタイプの)農薬やポストハーベストの薬剤がたっぷりふり掛けられた農産物など食べる気は起きませんし、絶対忌避すべきです。関税を撤廃する前に、遺伝子組換え作物や残留農薬などを含む流通基準=非関税障壁をしっかり固めてガードしておけば良いのです。

それは、関税の問題ではなく「国民の安全」の問題なので、交渉相手からも大きなブーイングは起きないでしょう。ブーイングが嫌なら、本格的な交渉に入る前に密かに国内基準を改定しておけば良いでしょう。今のティー・ピー・ピー論議は、あまりにも「カネ」に傾いている片手落ちの水掛論争に見えます。A倍さんや現政権は、ティー・ピー・ピーでスクラムを組んでいる国々から結局パンツを脱がされてしまうでしょう(やや下品な表現でした)。来たるべき関税撤廃に備えて、国は国民の意識を予め「Buy Japanese」に向けて、しっかり人々の教育を始めるべきでしょう。国内の農業者も関税に守られた権益にしがみつかず、安心・安全な食糧の供給に向けた絶え間ない研鑽も必要です。

いずれにしても、この国の人々はバブルの崩壊の反動としてあまりにも「安物買い」に走り過ぎたと思うのです。そうではなくて、良いものを少しだけ買い、少しだけ食べる慎ましい生活を取り戻す必要があると思うのです。

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2013年2月22日 (金)

1996 小商い

最近この言葉が気に入っています。戦後この国は、大きい事は良い事だと叫びながら、重厚長大産業を「旗艦」に据えて、お国の旗振りで船団を組んで進んできたのでした。しかし、ここに来て大規模化、中央集中化への強い反省が生まれています。何より、集めてから配ることのムダが大き過ぎるからです。行政で言えば、税金を集めて、交付税の形で再度地方に配るムダ、製造業で言えば、海外から広く原料を集め、大量生産を行って、それを再度輸送エネルギーを使って、国内外に配送するムダが挙げられます。一方この大規模システムでは、モノやカネが動いて付加価値を生み出すまでには、長い時間が掛かる事になります。カネもモノも長い時間眠る訳です。

小商い(Small business)は違います。街の飲食店や商店が、売り上げたお金を仕入れに回すサイクルは、長くて数日、短ければ翌日には全日売り上げたお金の一部はどこかに移動している訳です。同じ量のお金を比べると、それが「通貨」として、世の中の役に立つ度合いは、小商いの場合大企業の場合に比べて、何倍も高いと言えるのです。経済にど素人の投稿者が、単純な頭で想像してもそうなのですから、貴重な地方のお金は出来るだけ中央に吸い上げられない様な「抵抗」も必要だと思うのです。税金として払う位なら、地元の小商いにお金を回す方がどれほどその「お金が生きる」事でしょう。

一方、地域で小商いを営むなら、徹底して地元のニーズを把握しておく必要があるのでしょう。別の言葉で言えば、顧客の囲い込みです。一つの方法として、「地域通貨」と言う仕組みも考えられます。また、その昔に存在した仕組みとして「市」も考えられるでしょう。特定の場所に決まった日に市が立てば、地元の産品が地元の消費者に売られ、「お金の小回り」も利く様になるでしょう。もっと言えば、小商いでは「物々交換」も活発に行えば良いのです。そうすれば、税務署に把握されるお金も少なくて済む?でしょうし、「お金に頼らない経済」も拡大するでしょう。山の人は、裏山で採集した山菜や薪や炭を町に持って行き、衣類や工業製品と交換して来れば良い訳です。その際の交換レートは、需給関係による駆け引きで、自然にある幅に収束してくるはずです。

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2013年2月21日 (木)

1995 ダニ

ダニについてかなりしっかり調べたことがあります。家に住み、あるいは人に悪さをするダニは、ホンの数種類しかありませんが、そうではないこの国の野山に棲む「普通のダニ」の種類はなんと二千種類を超えるとか。(全世界では5万種とも言われます。)その内の半分くらいを採集して分類した努力の人、A木博士の著作を数冊読みましたが、そうこうしている内に彼らになんとなく愛着が湧いても来たのでした。

それなのに、最近ダニが媒介する新種のウィルスによって亡くなる人が出た様なのです。もちろんダニ自体の所為ではありませんが、ゆゆしき事態です。ダニが関わる病気としては「ツツガムシ病」が思い当りますが、こちらが細菌(リケッチア)で発病する一方、今回見つかった病気はウィルスで発病する点が異なりますが、キャリアであるダニは今後ますます「疎外」されそうで気に掛かります。

ダニは、有機物を細かく噛み砕く、中間処理屋であるとも言えます。つまり、有機物はいきなり腐敗菌などで分解されるのではなく、昆虫やその子分とも言えるダニによって微細化され、一度利用されたのちに、その排泄物であるフンなどを更に微生物が分解する、と言うステップを踏んで、再度土に戻る訳です。

ツツガムシ病が、かつては風土病と考えられていた様に、今回の新型ウィルスも、多分昔から存在して新たに見つかった「新発見ウィルス」に過ぎないのだと想像しています。過度に恐れる必要はないでしょうが、しかしダニに刺された時にはそれなりのココロの準備は必要でしょう。つまり、その後新型ウィルスによって引き起こされるかも知れない症状(発熱、倦怠感、下痢など)への留意などです。

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2013年2月20日 (水)

1994 小水力利用3

更に小水力の熱利用について言葉を継ぎます。熱利用に関して言えば、動力や電力などとの換算を容易にするために、kwkwh)に統一して比べるのが適当でしょう。例えば、木質燃料を使うペレットストーブや薪ストーブの熱出力もkwで表示すれば、エアコンや灯油ストーブとの能力や燃料コストの比較もでき易いからです。

木質燃料を使うやや大型のストーブは、例えば8kw程度の出力を持っているのですが、これを古来からの上掛け水車代替しようとすると、直径で言えば(水量にもよりますが)例えば5-6m程度の直径を持たせる必要がありそうなのです。水車を機械として見れば、かなり大きな装置と言うことになります。しかしながら、水車は一度設置すれば、その出力は24時間保証される訳ですから、使わない時は例えば温水の形で、断熱したタンクに(熱)エネルギーを貯めておく事も可能なのです。一方発電水車では、そうも行きません、エネルギーを貯めるためには高価な蓄電システムが必要だからです。その意味で蓄熱の容易さも、水車の熱利用のメリットと言えそうです。

灯油ストーブの例で言えば、8kwの熱出力を持続しようとすれば、灯油の発熱量から見て、時間当たり1.0リットル弱の灯油を燃やさなければなりません。経済性の優劣を検討する際には、例えば時間当たりの灯油代80/h程度が一つの目安になると言うことです。同じ出力を出すためには、木質燃料(ペレットでは)目方にして灯油の約2倍となる2㎏弱を燃やす必要がありますので、1㎏当たりで言えば、40円程度で入手できないと、燃料代として灯油と勝負できないとも言えます。しかし、この価格レベルは、地元で手に入る原料で、地元で作り、地元で消費する限りにおいては、十分に勝負になる筈です。

水車による発熱に関しても、同様の比較をする必要がありますが、その際熱源をどの様な形で利用するかの検討も併せて必要です。例えば、空調で言えば熱交換器(ファンコイルユニット)を使って室内空気の温度を上げるのか、あるいは床暖房や壁面暖房などの、伝熱、放射暖房を選択するのかによって、かなり様子が異なるからです。つまり、床暖房や壁面冷暖房の場合、使うお湯の温度は、必ずしも高い必要はなく、例えば35℃程度でも十分に機能するからです。その場合、実質的な出力は大幅に低減できる事になります。室内空気の温度を上げるのは、空気の比熱を考えると結構エネルギーが必要である事が分かります。結局「水力発熱には伝熱暖房か放射暖房を組み合わせるべき」とのここでの結論になりそうです。

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2013年2月19日 (火)

1993 小水力利用2

1992の続きです。少し昔に遡れば、確かに村々にはいくつかの水車が存在しました。しかし、考えてみれば少数の発電水車を除けば、その殆どは「動力水車」だった筈です。その動力は、例えば脱穀、粉ひき、大型のものは製材などの目的で使われていたと思うのです。

ここで提案する用途も動力利用です。製材が出来たと言うことは、まちがいなく間伐材や雑木を利用して「ペレット燃料製造」も可能だと思うのです。現在ペレット燃料は、高い電力を使って平場で製造されています。これを材木が容易に出せる山際の水車だけで作れるならば、出来たペレットを軽トラックで里に降ろして来れば、木材の燃料としての用途が広がり、お金も生む事になるでしょう。課題は、水力だけでペレットが作れる機械の開発だけです。ペレット製造機を改造したり、作ったりした経験によれば、それは考えるほど困難ではありません。ここでのキーワードは、「純粋な再エネ」としての「水力ペレタイザー」です。

もう一つ、動力利用として思いついた事があります。それは水車の熱利用です。動力利用と言いながら熱利用とは少し説明が要りそうです。動力は、粘性の高い流体をかき混ぜるとか、あるいは水中で摩擦板を擦り合わせるなどの簡単な方法で、100%の効率で熱に変換が可能です。つまり、水車小屋では熱も作る事も出来ると言うことなのです。出来た熱(例えば80℃のお湯ですが)は、断熱したパイプで里まで降ろします。よく断熱されたパイプを用いれば、数百メートル程度までなら温度低下も最小限で済むでしょう。これは、さながら山際に湧きだしている源泉から温泉場までお湯を送ることに似ています。熱は、北国では暖房や入浴や融雪など、大きなエネルギー量を必要とする用途にピッタリで、これまで使っていた電気や灯油などの化石エネルギー由来のエネルギーの使用も大幅に抑制できる出来るでしょう。続きます。

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2013年2月18日 (月)

1992 小水力利用

自動投稿でつないでいましたが、また秋田に戻っての投稿です。帰省中に岐阜で開催された、「小水力発電サミット」を覗いてきました。いくつかの講演やパネルディスカッションなどがあったのですが、申込みが遅かったので、聴講はできませんでした.なので、ホールでのメーカーのパネル展示の印象のみになります。参加メーカーは10数社ほどで、比較的規模の大きな発電設備に実績のある中手と、小型のものが中心の中小規模の企業に分かれていました。(中には、プラスチック導水管メーカーや計器メーカーも含まれていました。)前者は、本格的な発電水車や発電システムを持っていて、実績も豊富なのですが、後者は中小企業でも製造可能な、ポンプ逆転水車やスパイラル水車、クロスフロー水車、あるいはいわゆる上掛け、下掛け水車などの古典的な水車で勝負している企業もありました。

しかし、例えば数kwの発電能力しかない小型水車が、一体どの様な用途に使えるのか、ビジネスモデルが見えてきません。補助金を貰って、数か所に設置できたとしても、それが新たな市場を産み、産業に育っていく道筋が見えてこないのです。まして、50-100kw規模の水車が設置できるサイトが、一体どれほど存在するのかを考えれば、これが新たな産業に育つとは想像できにくいのです。

従って、もし地域で小水力発電を、地場の産業として興そうと思うのであれば、先ずは徹底的な市場調査が必要だと感じました。その上で、どの様な規模の水車が、どの様な用途に、何台必要とされるのか、その際の事業主体は誰になるのか、と言ったリストを作り上げるしかないのです。僅か数kwの電力を使うために、長い送電線を引く訳にはいきませんから、山際や野原の真ん中で発電しても使い道が見えないのです。小型水車の電力利用の可能性として思いつくのは、野生動物を追い払うための電気柵程度ですが、いまもう一つ思いついたものに「電動軽トラ」があります。林業や農作業用として、航続距離が短くても実用になる電動軽トラを、山際や田畑で補充電するのに、小型水車が使えるかもしれません。手に入り易い汎用バッテリーを使った、軽トラのエンジンを外して電動化への改造も、少しの知識のある車屋さんや鉄工所にとっては比較的ハードルが低いのでないか思われます。水車の用途に関しては、続きます。

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2013年2月17日 (日)

1991 4次産業

1190の続きです。中学校で習って以来、産業は1次、2次、3次に分類する事を常識として認識させられてきました。しかし、環境屋を志し、今は再エネ屋を目指す身として、ここで足りない部分を補っておきたいのです。それは、どちらかと言えば静脈の部分に当たる産業の定義になります。現在の静脈産業とは、「廃棄物」と呼ばれる不要物を有料で引き取り、大まかな分別・破砕を行った上で、リサイクルできないモノを、安定化対策を行った最終処分場に埋め立てる産業を指します。分別された燃えるモノは、焼却炉で燃やして減容し、灰はやはり埋め立てます。

しかし、早めに退職する前の2002年、環境先進国と言われるDイツの見聞旅行に出かけた時に、習ってきた言葉があります。それは、「廃棄物とは間違った場所(つまりはゴミ捨て場)に置かれた貴重な資源の事である。」と言うキャッフレーズでした。それは、ゴミの焼却を可能な限りゼロにしようと言う、遠大な計画を実現するための基本として提出されたものでした。そのために、彼の国では小学校の低学年で、徹底したゴミの分別を授業として教え、安い外国人労働者も活用しながら、徹底したゴミの手分別を推進していました。その結果、2002年当時で、Dイツ国内のゴミ焼却場は、何と3か所にまで縮小されたのでした。

確かにゴミを徹底的に分別すれば、それは原料や製品のなれの果てである筈なのです。家庭ゴミでも、それは食品残差(残飯)であり、包装ゴミであり、紙類であり、使い切った乾電池であり、古くなった電化製品であり、着なくなった衣類であり、掃除機の綿ゴミであり、割れた食器類であり、使わなくなった家具類だったりする訳です。もし、これらを完全に分別できるなら、それは最早ゴミではなく資源に生まれ変わるモノどもなのです。子供の頃、残飯は近所の養豚農家の飼料でしたし、その豚舎から出た敷き藁は、立派な堆肥となって畑に戻されました。

今の技術を使えば、上に述べたゴミは立派な原料に戻せる筈なのです。プラスチックは、汚れを落として、その種類毎に完全に分別すれば、再度溶解して原料に戻す事が出来ますし、一部は再エネとしてリサイクルできるのです。その様な、再資源化、再エネ化の流れを作る産業こそ、ここで4次産業と名付ける産業に相当するのです。そのスタート点は、今は消費者と呼ばれている私たちが「資源分別者」となることなのです。このブログは岐阜に帰省のため数日休稿です。

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2013年2月16日 (土)

1990 例えば内需拡大

1989の続きです。少子高齢化が極端に進みつつあるこの国で、いまさら内需拡大などと言っても、とても出来ない相談ではないかと、見られています。確かに、コンビニチェーンは売り上げを伸ばしていますが、それはどうやら積極的な店舗数拡大に伴って新規出店店舗が、既存商店のシェアを奪った結果の様なのです。既存店舗では逆にジリジリと売り上げを減らしているところも多いのです。

ならば、どの様な道筋で内需拡大なるものが可能なのかですが、それは多分輸入品の国内取り込みしか無い筈なのです。例えばエネルギーです。96%もの高い率で輸入に頼っているエネルギーに対して、国内で調達できる再生可能エネルギーの割合を1%でも高める事は、取りも直さず輸入エネルギーの国内取り込みになる訳です。バイオマスエネルギーであれば、それを採取し運び出す産業、それを使い易く運びやすい形態に加工する産業、それをエネルギーに変換する機器を作る産業、それを売りメンテナンスする産業が生まれます。

自給率が40%ほどしかない食糧においては、埼玉県ほどの面積に拡大した耕作放棄地を復活させ、そこで元の様に食糧を生産すれば自給率が向上し、場合によってはエネルギー作物を育成すればエネルギーの自給率向上に寄与します。それは結果として、就農人口を増やし、加工する産業、それを運び販売する産業、その残渣から肥料やエネルギーを生み出す産業など、多くの雇用が期待できる産業が拡大できる筈です。続きます。

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2013年2月15日 (金)

1989 長期展望

茶化すつもりは無いのですが、南の島の周囲での鬼ごっこが続いています。C国のしつこさは確かに尋常ではありませんが、それにしてもこの国の対外コミュニケーションの稚拙さも半端ではありません。「照射した、しない」の水掛け論は間違いなく何も生み出しません。相手が、一体何を求めているのかについて、一応承っておいても損にはならないでしょう。少なくとも先方の出発点は確認できます。とは言いながらどの様な交渉事であれ、一旦交渉を始めてしまえばゼロ対100で終わる事はありません。5050で痛み分け、それより一歩でも相手側に踏み込めれば、成功でしょう。しかし、間違ってもあの場所を資源調達の現場にする、つまり石油やガスの井戸を立てるなどと言う主張には決して耳を貸してはならないでしょうし、この国がそれを行うなどと主張してもならないでしょう。あの場所での海底油田からの油の流出は、海流に乗って日本海の生態を殺してしまうからです。

最終的な落としどころは、多分南極の様な中立的な聖域に奉り、その利用法としても、精々自然を保護しながら観光地にでもするのが良いでしょう。誰にも触れられない場所には紛争も起こらないでしょうから。

ついでですが、ある時地図を回して、C国を中心に太平洋側を眺めてみたことあります。ココロに浮かんだのは、この国が如何に息苦しく感じているかと言う想像です。何しろ、海側は南沙諸島やP国、T湾及びこの国の南西諸島に完全に取り囲まれているのです。経済大国になって、その海洋的な息苦しさを解消するために、せっせと海軍力を増強し、それをテコにこれらの島を力ずくでも手に入れたいと思うのは、まったく容認はできませんが、ある程度は理解はしておく必要はありそうです。それにしても、その海軍力の増強に必要な造船技術や、世界の商品戦局であちらこちらで押されつつある家電や車などの各種の製造技術は、間違いなくその多くをこの国が教え込んだモノである事は、再確認しておく必要があります。その意味で、先日の公共放送の番組ではありませんが、国も企業も目先の利益はさておき、今後の数十年先を見越したこの国や彼の国の長期展望を、考え直すべき時期ではあります。続きます。

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2013年2月14日 (木)

1988 あたら能力

また、あたら能力が、無為に使われ、かき消されてしまいそうです。ネットの中の「狭い」世界で、遊び、苦しみ、妬み、憎みそして事件を引き起こす。ネットとは、一体何なのか考え込んでしまいます。とは言いながら、投稿者もネット上のブログに書き込みを続けてはいますが、このブログの中で、特定の企業や団体や個人を攻撃したことは無いと言い切ります。投稿者が感じた間違った方向には、「アーあ、こうしたら良かったのになー」程度の嘆きは書く事はありますが、少なくともそれについても何らかの改善案を並べて書いている積りです。

妬みからは新たな妬みが、憎しみからはさらに強い憎しみが、攻撃からはもっと強力な反撃しか生まれませんが、現状を改善する様な提案からは更なる良い提案が紡ぎ出されてくるとも思うのです。自分を疎外した世間を見返すのに何故悪意のウィルスなのか、何故ネットの有効活用の提案ではダメなのか、それを利用する側も改めて考えてみる必要がありそうです。

ネットを使ったコミュニケーションの特徴(と言うか弊害)の一つに「匿名性」を使った悪意の発現が挙げられます。FBなどは、その意味ではやや改善された仕組みだとは言えますが…。遠隔操作ソフトを考える暇と知恵があるのなら、是非FBを超えるネットの使い方を提案して貰いたいものです。とは言いながら、人と人の最善のコミュニケーション手段としては「Face to face」にしくものは無いでしょう。(つまりは理想はFBではなくFF?)だからこそ、投稿者は、ネットで繋がった人には出来る限り早い機会に会いに行って、直接話をしようと心掛けているのですが・・・。

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2013年2月13日 (水)

1987 SVO-1?

H社がF-1に復帰するのだとか。「時代錯誤」も甚だしい話題です。どうせこの種のレースを開催するなら、是非SVOエンジンで競って貰いたいものです。SVOエンジンとは、Straight Vesitable Oil Engineの略で、要はてんぷら油で直接エンジンを回すと言うものです。この燃料でレースを競えば、バイオ燃料の利用技術がさらに進歩するでしょうし、さらに言えば食糧にならない植物の実や葉から採れる燃料を利用する様な技術の開発にもつながります。レースの飛び方もF-1ではなくSVO-1と言う訳です。カテゴリーも菜種油、ひまし油、松根油?、米ぬか油など、熱量によって増やします。もちろん、使うのは新油ではなく、食品産業などで使われた廃油にします。

現在バイオ燃料と呼ばれているのは、サトウキビやコーンを原料としたエタノールと、菜種油をメチルアルコールで処理した燃料を、ガソリンや軽油の代替としてノーマルのエンジンで燃やすものです。しかし前者は低カロリー故に馬力が不足し、後者は副産物のグリセリン大量に出来てしまい、後始末に困ります。あるいは、これもある種の「グリーンウォッシュ」と呼べるかもしれませんが、ガソリンや航空燃料に少量のエタノールや植物油を混ぜ込んで、環境配慮型燃料だと主張する動きも気に入りません。

そうではなくて、(自動車)メーカーには、廃食用油や食用にならない植物から作った「100%本物」のバイオ燃料を、直接燃やせるエンジンを開発して貰いたいのです。ついでに言えば、木質燃料を使った「外燃機関(スターリングエンジンの様な)」の開発まで挑戦して貰いたいのです。F-1参戦を続けても、結局カーボン繊維を使って極限まで軽量化した車体をさらに何グラム削ったとか、化け物のように出力を上げたエンジンの馬力を、さらに何㏋上げたとかに、莫大なお金とマンパワーを注ぎ続ける事になってしまいます。なんという無駄使いでしょう。F-1で勝って、自社ブランドのイメージを上げ、車の売り上げを少し伸ばしたところで、オイルピークで頭を打った自動車産業が、伸び続けるなど夢のまた夢なのです。むしろ、SVOで名を挙げた方が、今後予想される需給ひっ迫による石油価格の高騰時代に、世界から尊敬される技術で、企業のブランド力を格段に上げる筈です。

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2013年2月12日 (火)

1986 65歳定年制

希望すれば、サラリーマンは65歳まで働けるようになる様です。50過ぎに長年勤めた企業を卒業し、その後数年間中小企業で環境ビジネスを模索してから、55歳でサラリーマンを完全卒業してしまった投稿者には、もはや関係の無い制度ですが、少しは気になります。それは、「希望した」人たちの処遇です。

企業にとって、総労務費は現状のままに留めたいでしょうから、結局若い人たちの給料を少しずつ削りながら、それを寄せ集めて「希望者」に配る必要が出てくるのです。そうであれば、この人たちの役割を見直す必要があると思うのです。例えば、これらの人たちと若い人たちでペアを組ませ、徹底的にノウハウや知恵を伝授させる制度が考えられます。給料は、二人分を足して割る訳にもいかないでしょうから、このペアの給料は平均給料に近くなるでしょう。しかし、企業にとってみれば、ノウハウが社内にしっかり残る訳で、長い目で見ればメリットは大きいでしょう。そうではなく、例えばこれらの人にこれまで通りの仕事をさせ続けたとすれば、売り上げ面ではメリットがあるにしても、ノウハウが残る割合も小さくなるでしょう。

逆に言えば、希望した人たちには新たな任務が生ずる事にもなります。つまり、自分が職務経験を通じて取得した技能なりノウハウを、若いパートナーに上手く伝えるワザを磨く、と言う新たなミッションです。やってみれば分かりますが、特に手わざや作業のコツを、人に伝える事は結構至難のワザなのですが、同時に得られる達成感も大きい筈なのです。もしかすると、相当安い給料でも満足してくれるかも知れませんし…。

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2013年2月11日 (月)

1985 塩害

塩害と言えば、乾燥地帯の過灌漑による土壌への塩分集積によるものや、耳新しいところでは津波被害農地におけるものが思い当ります。しかし、最近国道や高速道を通行するたびに、新たな塩害の可能性を憂います。降雪があり、あるいは凍結が起こる道路には、その防止のために塩カル(塩化カルシウム)の粒剤や水溶液が散布されます。それが、前を走る車によって巻き上げられ、フロントガラスを真っ白にして視界を妨げます。それは、頻繁にウォッシャー液で流せばどうにかなりますが、より大きな問題になると思うのは農作物や小動物への影響なのです。塩カルは、塩(塩化ナトリウム)同様、植物やそれを過剰に摂取する小動物に対して害を引き起こす物質なのです。

これが、雨水に溶けて小川や用水路を経由して農地に蓄積すれば、作物の成長阻害や枯死など、いわゆる農作物への塩害や、さらには小動物に摂取され、食物連鎖によって猛禽類や大型動物への被害も大いに懸念されるからです。

しかし、これを防ぐ方法もあるにはあります。それは、塩カルを酢酸ナトリウムで代用する方法です。酢酸ナトリウムは、MSDSによれば、直接経口摂取しなければ人体に無害で、ひどい塩害も起こしません。しかも、酢酸ナトリウムは生分解性がありますので、塩カルに比べ環境負荷も格段に小さいのです。事実海外や、国内でも環境に敏感な自治体では、酢酸ナトリウムに切り替え始めている例も出ています。実は、酢酸ナトリウム意外に身近なところで使われていて、例えば染色産業では多用されていますし、レンジで加温すれば再利用できるカイロの中身にも使われているのです。塩カルよりはやや割高ですが、使用量が増えればコストも塩カル並みに下がるでしょう。

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2013年2月10日 (日)

1984 Failure case

あの旅客機のバッテリー問題は、設計変更で幕引きが図られようとしている様です。表題は、多分二度目の様な気がしますが、人命に関わる安全を確保する上では、トラブルの想定は、頭で考えられる「あらゆるもの」をまな板に上げる必要があるのです。その想定をFailure case(故障ケース=どんな場合に故障するか)と呼びますが、今回の場合、一体いくつのCaseがリストアップされたか、是非知りたいものです。

その中に、セルの過熱や熱暴走に関して、一体何個のCaseの故障(事故)が想定され、それに対する対策がどれほどのレベルであったのか、これこそが事故原因調査と並行して、しっかり問われるべきなのです。もし、その想定と対策が抜けていたのなら、単なる設計変更などで済まされず、メーカーとしてはスンナリ実績のあるニカド電池に戻すべきでしょう。つまり、Liイオン電池はFailure caseの想定において、十分にフルイに掛けられたコンポーネントだとは言えなかった、と言う事実が2件の事故で露呈してしまったと言うことでしょう。

現状路線で設計変更が行われたとしても、実証飛行試験や航空局の審査をパスするまでには、1年程度は要する筈で、その間旅客を乗せての飛行はもちろん、機体の製造もストップ(あるいはスローダウン)させなければなりません。石橋を叩いても、なかなか渡らなかったB社が、実績の無い(少ない)バッテリーを採用した事実自体、この企業の体質が、安全重視の技術主導から(儲けに走った)ビジネス主導へと大きく舵を切った結果だとしか思えません。

これは、何も航空機事故に限った視点ではなく、先の原発事故でもそうでしょうし、車のリコール事故やその他エレベータなどの製品事故においても等しく敷衍しなければならないのだ、という事を「フォントを太くして」言いたいのです。

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2013年2月 9日 (土)

1983 グリーンウォッシュ

雑誌の特集で、グリーンウォッシュを取り上げていました。詳細な定義はWィキペデイアでも引いて貰うとして、ざっと言えば「見かけだけの環境配慮」とでも言えるでしょうか。雑誌の言い分をそのまま書くつもりはありませんので、この言葉から投稿者が連想する事をいくつか書き留める事といたします。

さて、製品には「エコマーク」なるものが付き始めていますが、環境省HPだけでも、なんと30個以上紹介されています。環境省が紹介していると言うことが、そのまま第三者が認証している意味では勿論ありません。環境省がカーボンフットプリントや環境負荷の小ささを保証している訳でもありません。消費者が「これは一体何のマークだ?」と疑問を持った時に、概要を知る事が出来るだけの「ご紹介」程度なのです。環境性能の評価の難しさは、ある製品を店頭に並べるまでに、途方もない数の「連関物質」や「連関産業」を通過している訳で、直接的な原料や流通負荷だけでは収まらず、原料メーカーでの環境負荷や工程に使われる副資材や梱包材、さらには製造に使われるエネルギーまで考えると、気が遠くなるほどです。メーカーが、上流の物質の環境負荷を一々確認する訳にもいかないので、仕方がなく産業連関表などのデータベースに頼るしかないのです。

つまり、複雑な産業構造の中では、いかなる製品も「完全にグリーンだ」あるいは「90%グリーンだ」等とはとても言い張れない事になります。しかし、例えば作物の生産から製品化・販売まで一貫して製造しているいわゆる6次産業などにおいては、かなりの程度環境負荷を煮詰める事は可能です。農産物の生産においては、例えば農薬や肥料、農業機械の環境負荷などは、比較的把握し易いと言えるからです。

環境への配慮やグリーン度を前面に押し出して「売らんかな」と言う姿勢の商品は、今の段階では眉に唾を塗りながら対応するしかないのです。待たれるのは、殆ど全ての原料や副資材などの産業連関物質のかなりの程度正確な環境負荷のデータベースの構築と、それを利用する側にも取扱い容易で安価な「環境負荷評価プログラム」の登場でしょうか。

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2013年2月 8日 (金)

1982 PM2.5は国内問題

C国からの越境PM2.5が連日ニュースを賑わせています。しかし、PM2.5に限らず、主として車から排出される各種のガスや微粒子は、何もよその国の問題ではなく、足元の問題として再考すべきなのです。PM2.5は、火山活動など自然由来のものもありますが、人体に影響を与えるのは、主として人間の活動の結果として排出される不純物を含む燃料の燃焼、とりわけ軽油を燃料とするディーゼル車の排気ガスから多く排出されています。従って、国内でも幹線道路沿いなど、多数の車両が通過する地域では、PMは過去の問題などではなく、現実の公害なのです。

首都圏に入るトラックには、I原都知事の手柄と言って良いPM対策が義務付けられてはいますが、それとて完璧と言えるレベルには程遠いものがあります。濃度の差こそあれ、今日でも決して対岸の火事などではない状況だと言えます。

PMの影響は、表面化していない疾病(例えば多くの呼吸器系疾患やアレルギー疾患など)も数多くありそうですが、最も身近な健康被害は、たぶん花粉症患者の増加だと言えるでしょう。花粉の大きさは数十ミクロンありますから、PM2.5よりは十倍も大きい訳ですが、PMで刺激を受けて感受性が高まっている粘膜に、花粉が付着する事によりアレルギー反応が悪化する事は、十分想定できる話です。手入れが行き届かないスギ花粉ややヒノキ花粉が原因とされ悪者にされる花粉症ですが、投稿者などはむしろこれは「PM症」と呼び替えるべきだとさえ思っている一人です。ディーゼルエンジンで走る回るトラックが、食糧や商品や部品の輸送に不可欠な「必要悪」であるにせよ、経済が減速しているこの時代、鉄道コンテナを増やすとかトラック輸送に替わる新たな輸送手段が発明されても良いのでは、とも思っています。宅配便やコンビニ配送なども環境負荷やPM濃度の悪化との関連を憂うべきでしょう。毎日何度も配送するトラックの重い環境負荷こそが、顧客の利便性を担保している訳です。しかし、利便とズボラは裏表の関係に他なりません。朝の100mしかないゴミ捨て場へ行く事や、たった30分の移動にも、迷いなく車を使うズボラ行動こそPMを増やす元凶であると猛反省すべきなのです。

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2013年2月 7日 (木)

1981 再現試験

バッテリー事故の調査が進んでいますが、事故調が原因を推定して公表したとしても、飛行停止が解除になる訳でもないでしょうし、運輸省も、いくらメーカーやエアラインから要求されても拙速に解除してはならないでしょう。綿密な再現試験こそが、真の原因を裏付ける「事実」となるべきだからです。事故調やメーカーは、今回の事故と、同じ気象条件つまりは気圧や温度や湿度、今回と同じような操縦条件(電力負荷)の条件下で、同じロットで作られたバッテリーや充放電システムを使って、焼損事故を再現して見せなければなりません。

もしバッテリーやシステムの個体欠陥だったとしても、あるいは使用側=負荷想定に問題があったとしても、それを模擬した疑似欠陥を作り出し、ほぼ100%の確率で、バッテリーが焼け落ちた時のみ、「それ」が原因だったと特定できるのです。従って、真の原因の特定と飛行停止解除を急ぐのであれば、事故品をひねくり回しての原因の推定と並行して、膨大な数の事故再現試験の準備を進める必要があります。

この様な(実証を最重要とする)考え方は、実は殆どの事故の原因の特定に有効であり、むしろ積極的に実行しなければならないプロセスだとも言えます。その意味で、トンネル事故のボルトも施工不具合や劣化状態が再現が出来ないが故に、吊り天井構造の安全性が証明できず、仕方がないので天井板と言う「原因」を無くしてしまう解決策しか実行できなかったのでしょう。車などでリコールの届け出が遅れがちになるのも、実は数件の事故報告を承けてから、メーカーがその再現試験を行って、構造欠陥によって自社の責任となるかどうか見極めるための時間が必要だからだとも言えるのです。

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2013年2月 6日 (水)

1980 ローテク産業の復活

1979の続きです。近年のこの国の閉塞感を鳥瞰すれば、戦後一貫して追い求めてきた、西欧並み(もっと正確にはB国並み)の文化的?な生活スタイル実現の夢が、達成されてしまった結果なのではないかと疑っています。その証拠には、田舎に行けば、一家の大人の数と同じ数の車を持ち、電化製品に囲まれて暮らしているではありませんか。一方、国土が狭いこの国では、住宅の広さや質が欧米に比べて見劣りするのは致し方ありません。さてこの国の屋台骨となるべき大企業はと見れば、モノづくりで言えば自動車メーカーであり、大分元気が無くなったとはいえ、電機(電気)メーカーであり、航空機に関連する重工くらいでしょう。それよりも、多分何倍も何十倍もの(元技術屋などには想像もできませんが)規模のサービス産業の大企業がひしめいている筈です。

国内のモノづくり産業が空洞化した結果として、はじき出された労働者はサービス産業へ移動を余儀なくされ、それを吸収するために「お金を転がす」金融業や「サービス産業」が幅を利かせてきたと言えます。つまりはモノを作らないでお金を生み出す仕掛けのことです。その結果として、それらの大きな船に乗り損ねた中小企業や労働者は溺れかけている訳です。

そうではなくて、もっと野太くてダサく見える技術を持つ中小企業でも、あまり最先端の技を身に付けていない労働者も十分役に立つように、産業や製品や仕事をもっと厚くしていく必要があると思うのです。最先端の技術で生み出した製品を、諸外国に輸出して外貨を稼ぎ、石油や食糧や原料を輸入すると言う20世紀型のこの国の社会モデルは、かなりの程度破綻していると言うしかないでしょう。

最先端でもない機械(設備)や、器用な手先を持つ(しかし今日では未熟練労働者とみなされる)人たちを生かす道は、ローテク産業の復活しか無さそうに思えるのです。石油から作られるプラスチック製品ではなく、手ワザを使った工芸品を日常使い、石油燃料の替わりにバイオマスを使った(冷)暖房を増やし、30分か1時間に一本しか電車が通らない鉄道をもっと活用し、インフラや製品の修繕産業を急拡大させ、電気を使わない(非電化製品)を増やし、巨大ショッピングモールの替わりに街角の小規模な市(いち)を復活させ、それらに関わる雇用を増やせば、今日的な問題の多くは解決できる筈だなどと、東北にUターンした一羽の鳥(あるいは糸の切れた凧?)として、今日もフラフラと飛びながら空から眺めています。

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2013年2月 5日 (火)

1979 最先端はモロい

これは多分2度目か3度目の表題の様な気がします。6-7年もほぼ毎日書いているので、仕方がありません。表題が、最先端、最新鋭旅客機のバッテリー事故にインスパイアされたものである事はご想像の通りです。先端技術と呼ぶくらいですから、その先端は随分「尖がっている」筈です。山で喩えれば「槍ヶ岳」でしょうか。一方、日本で第2の高さを持つ北岳は、ぼってりした山頂を持っています。高さはあまり変わりませんが、見るものには大きな違いを感じさせます。前者は、崩落を繰り返してきた山の代表ですが、たまたま山頂付近の岩が固かったために、いくつかの吊り尾根を引き連れた今の山容が残ったものでしょう。一方、後者は火山活動で盛り上がった山塊であるため、見るからにどっしりと見えるのだと思います。

さて、技術への敷衍です。どっしりとした技術とは、ローテクを使って長い間に積み上げられたものであり、その中で安全性も十分に吟味され、枯れた技術を使って製品が作られているものだと言えます。一方、最先端の製品は、確かに新しい材料や、システムや、それを作る新しい技術を組み込んで作られています。しかし、製品には「寿命」があり、少なくとも1サイクルの寿命が完結するまで(飛行機で言えば初号機が寿命を全うして退役するまで)安全性の担保は「保留」しておかなくてはならないでしょう。

しかるに、あの事故を起こした最新鋭機は、すでに700機以上の契約を取っているとの事で、各エアラインの、危なっかしい新し物好きには呆れるしかありません。最新鋭機も、「たかが」バッテリー数個のトラブルで飛行停止に至ったではありませんか。何度も繰り返しますが、最先端はモロいのです。ダイヤモンドコンパックスで出来た針の先端か、あるいはセラミックスで作られた鋭利な刃物の先かは分かりませんが、先が欠けるだけで、針や刃物としての役割は果たせないのです。その比較として、鉈や出刃の頑丈さを思い出してみましょう。続きます。

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2013年2月 4日 (月)

1978 空気感染の必然

この季節、病院でノロやインフルのウイルスで集団感染のニュースが度々流れます。ナノサイズの超微粒子でもあるウイルスは、患者からの飛沫に乗って空気中に浮遊し、エアコンのダクトを経由して、病院の一つのフロアからやがて他の階にも広がります。エアコンのダクトは全て繋がっており、各部屋からにつながっているダクトを通って地下の冷暖房機に戻った空気は、温度調整されてまた各階に戻ってきます、ウィルスと一緒に…。それは、比較的短時間で万遍なく病院の隅々まで拡散していく訳です。

昔(石油や電力が潤沢になる前)、学校や病院の暖房は殆どがスチーム暖房でした。各部屋の窓辺には、鋳鉄製の「ラジエータ」があり、蒸気が送られて来てほんのりと温もっていたものです。そこまで追いついていなかった田舎の学校は、100%薪ストーブだったのです。しかし、スチーム暖房や薪ストーブで、ウイルスが建物全体にまき散らされる事は起こらないでしょう。

スイッチ一つで起動し、ダイヤル一つで温度調整が出来る利便性や部屋の空気温度全体を加減する快適さを採るなら、ウイルスの集団感染は我慢するしかないのかも知れません。

もし、利便性を犠牲にしないで、快適さも追求するのであれば、それは「壁面冷暖房」しか考えられないでしょう。これは、壁面や天井面に埋め込んだ細管の中を、夏は井戸水程度の冷水を、冬は30℃前後の温水を流して、輻射熱で体感温度を上げ下げするシステムなのですが、スチーム(100℃越え)や熱水(80℃前後)やエアコンのブライン温度(5-7℃)よりマイルドな温度の温(冷)媒で十分なので、太陽熱や地中熱などの自然エネルギーを大幅に取り入れる事も可能となる筈でなのです。

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2013年2月 3日 (日)

1977 短所は長所

1975の逆説です、現在短所が多いとして捨てられている技術や、ビジネスモデルにも、良く考えると結構良いものが見つかるかも知れません。にわかには良い例が思い浮かびませんが、例えば薪ストーブを挙げてみましょう。薪は、現代ではその入手性が悪く、田舎や山の中の別荘などを除けば暖房器具としては選択肢にも上がりません。薪割も必要で、朝には寒さに耐えながら焚きつける手間が掛かり、灰の掃除や季節ごとの煙突掃除もユーザーには気が重い作業です。

しかし、これを裏返すと長所だらけにも見えてきます。薪は、暖房期に入る前に、薪割は、エクササイズになり、少しずつ作業して、1シーズン分を軒下に積んでおけば良いでしょうし、1日分程度は室内にストックしておけますので、朝に寒さに震える事もありません。夜寝る前に、燃焼空気を絞って上手くコントロールすれば、朝まで種火を残す事も可能で、再点火もそんなには難しくないでしょう。何より、停電があっても全く問題なく使える暖房器具だと言う点は、最大のメリットになるでしょう。

煙突に煤が付くのは、良く乾燥させたつもりでも、薪の中には少なくとも25%程度の水分が残っており、部分的は不完全燃焼を起こすからなのです。それを、例えば触媒を使って完全燃焼させてしまえば、実は煤はあまり問題にならないでしょう。ローテクの薪ストーブですが、例えばセラミック系の燃焼触媒など、チョッとしたハイテクを加えるだけで、理想的な暖房器具に脱皮させる事も可能でしょう。

全ての不便は、それを改善するアイデアの源泉でもある筈で、薪を採取して準備をする仕掛け、点火が楽で、薪を上手く燃焼させ煤を出さないための仕掛けを持つストーブ、薪を長時間トロ火で燃焼させるための工夫などなど、短所を長所に変えるためのアイデアは、それぞれが新たな製品の出発点になるでしょう。

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2013年2月 2日 (土)

1976 落穂拾い4(雪)

雪国で冬将軍の手土産と言えば、なんといっても大量の雪を挙げるしかありません。冬場の数か月は、奥羽山脈の山裾では数メーター、平野部でも1メーター弱の根雪が野山を覆います。しかし、空気を多く含む積雪は、立派な断熱材でもある、頑丈な骨組みで積雪を支える事が出来る茅葺の農家では、積雪は室内の暖かい温度の逃がさない、建屋の断熱材としても機能しているのです。

毎年雪の季節になると、雪降しや落雪で、かなりの数の人が怪我を負ったり、亡くなったりします。屋根に1メートルを超える積雪を載せたままにしておくと、下手をすれば家が圧潰する怖れがあるので、危なっかしく屋根に登っての雪降しが必要となる訳です。適当な厚みで屋根に雪を載せたままに保っておけるならば、暖房用の光熱費も少しは節約できるのかもしれません。さらに言えば、これから建てる家やビルは、建物に積極的に雪を纏う仕掛けを付けた方が、より高い省エネ性能が発揮できるとも言えそうです。もちろん、天井や屋根裏の断熱材が不十分であると、室内からの熱で雪が融け、結果として室内から熱を奪い去る事につながるため、その対策は十分にしておく必要があります。

雪国で見られる「かまくら」や、エスキモーの雪と氷で作った狩猟小屋は、まさに雪を断熱材として活用した好例でしょう。つまり、雪氷は厄介者として排除するばかりでなく、冬場だけの「材料」として、改めてその活用法を工夫すべきだと思います。従って、雪が積もってから雪寄せや雪降しにアタフタするのではなく、予め雪を集める場所を決めて置いて、目的を持った雪の活用を決めておけば良いのです。雪室は、食糧の貯蔵庫としては、理想的な場所で、氷温を保ちながら氷結しない上に野菜や果物は熟成が進んで味が良くなり、市場価値も上がります。それにしても、ここ日本海側の北国では、この季節周囲を見渡せば、雪ゆき又ユキの野山ばかりです。これは、膨大な冷熱エネルギーでもあります。

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2013年2月 1日 (金)

1975 長所は短所

787のバッテリー事故に絡む(と言われている)火災の原因究明が続いていますが、以前にも書いた様に、真に高い安全性は、石橋を叩いてもなかなか渡らない慎重さの上にしか築けない筈なのです。車に限らず、航空機に限らず、多くの事故は「変更」に絡んで発生するものです。例えば、同じ機能の部品ではあるが、コストの点から別のサプライヤーを切り替えた直後にリコールにつながる事故が多発した車がありました。大型旅客機において、油圧式のアクチュエータから、電動式に大きく舵を切ったA社の後追いをしてしまったB社のB787が、今窮地に陥っているいるのは、同じようなトラックで、同じような轍の中を進んでいる様に見えてなりません。事故率が低いシステムの実績は、何者にも替えがたい安全性の証明書でもあります。

電動式アクチュエータは、システムが単純で、それゆえ軽量で電気式のコントロールシステムとの相性も良く、かつ応答性も高いという優れた特徴を持ちます。しかし、それは即ち裏返した短所も持つ筈なのです。電動システムは、水に弱く、短絡が起こると瞬間的に電源喪失事故を招き、(ジュール熱による)発熱に弱く、たぶん極低温にも弱く、予期せぬ急激な負荷変動にも弱いなどの短所は、電気の素人である投稿者にも容易に挙げられます。

今回のB787の一連の事故が提示したIssueは、例えば油圧式を、古い重いシステムと見るか、あるいは古くて重いが実績が最も多い安定したシステムと見るか、の問題に見えてなりません。(電動式の)表面上の長所に飛びつく前に、その裏にある短所を全てリストアップし、ビシバシと叩いて問題点を追い出し、吟味する必要があると思うのです。それが、即ち「リスク管理」と言う作業の中身そのものだからです。電動式に切り替えるのであれば、初期は重すぎるほどバックアップの電源を搭載し、安全性が確認されるにつれて、予備の数を徐々に減らす、と言った慎重さが求められる筈です。メインバッテリーを予備がバックアップする程度のシステムでは全く事足りず、電源とコントロールシステムを全く二重にした上で、いざという時にはさらにAPU電源でカバーできる程度にはRedundancyが必要でしょう。確かに、現在のシステムでも、問題のバッテリーが1個焼けただけでは墜落事故には至りませんでしたが…。

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