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2013年4月 1日 (月)

2032 スケール問題

ノミの心臓をスケールアップしても決してゾウの心臓の代用にはなりません。構造が違いすぎるからです。同様に、例えばある機械の構造をそのままスケールアップ(ダウン)しても、目的に対して最適解にはなり得ません。よく陥る間違いに、大は小を兼ねるとばかり、必要以上に大きなプラントサイズにしてしまい、しかし運用時は現実のデマンドに従って部分負荷で稼働するケースがあります。設計上の効率が90%程度だったとしても、例えば、50%の部分負荷で運転されるプラントは、70%にも60%にも低下してしまうでしょう。発電所などでも同様の事態が発生します。だからこそ、原発には揚水発電所を組み合わせて、夜間に出力が低下しない様に工夫している訳です。

この様な間違いを回避するためには、スケールの小さなプラントを1ユニットとし、それを必要数並べると言う選択肢が考えられます。10台並べ、負荷が50%の時は、5台だけ運転するようにします。結果として、個々の小型ユニットの効率が、1台の大型プラントの定格値より低いとしても、部分負荷時は低下した大型プラントのそれより間違いなく上回るでしょう。そうであれば、何も小型ユニットを一か所に10台を集中して設備する必要もなく、需要家に近い場所に数台ずつ分散設置すれば良いのです。例えば、電力システムなら発電所から需要家までの送電ロスが最小限に出来るため更に有利でしょう。

大量生産、大量消費システムでは、システムは非常に大きなものになり、その規模が最大デマンドに照準が合わせられるために、少しばかりの景気変動が起これば、たちまち大量の在庫を抱えてしま事態に陥ってしまう訳です。かなり極端な方向で考えてみれば、大規模システムの弱点はすぐに理解できるでしょう。つまり、需要家自身が製造者でもある場合(自給自足とも言います)においては、在庫など殆ど必要なく必要の都度少量ずつ作る事になります。精々、1年分くらいの原料のストックがあれば十分でしょう。これら両極端の中間サイズのシステムを「地産地消システム」とも呼んでいます。

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