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2013年4月 3日 (水)

2034 風船としての金融

財・金・産の三本の矢による景気回復策ですが、今のところムード先行的に金融だけがけん引している様に見えます。財政も追いかけますが、今の様な荒っぽい予算では、潤う範囲も主にコンクリート産業に限られる上に、その裏では多分信じられない程の無駄使いも横行する筈なのです。(復興予算の使い道を見よ!)しかし、今の日本を絵に描いてみるなら、金融政策は風船だと思うのです。先ずは、政府がアドバルーンとして皆の目につくように(紙の)お金を露出し、さも景気が良くなった様に見せかけ、次いで実際にヘリウム(印刷マネー)を詰めた金融バルーンで、景気を少し持ち上げようとしている様に見えます。

しかし、金融は所詮金融です。お札の輪転機を余計に動かしただけで、実質経済が底上げされる訳でもないでしょう。絵的には、この国の経済すっかりデフレ体質となって地盤が沈下した結果、ゼロメートル地帯の様に浸水し易くなっている様なものでしょう。金融バルーンに掴まれる人達(より明確には副首相の様な株持ちと土地持ちです)は確かに浮き上がれるでしょうが、そうでない残りの人たちは、ズブズブの沼で、増税や便乗値上げラッシュの水責めに苦しむ事になるでしょう。この国は、風船政策にはバブル期で懲りた筈なのです。誰もが適度に潤う「程よいバブル」など、結局はあり得ない幻想だと思うのです。良き時代の夢を忘れられない政治家や御用学者が、「ミニバブルよ再び」とばかり景気浮揚を声高に叫んでいるのを見ると、あまりのノウテンキにゾッとしてしまいます。

国のリーダー達が、まず国民に示すべきは、一体この国の国民は今後何を「なりわい」に生き抜いていくべきかの方向性だと思うのです。それは風船をいくら数多く打ち上げても示す事は出来ないと断言できます。一度沈んだ地盤を嵩上げるのは、少しずつ土を運んできて低い場所を埋め立てるしかない訳です。ではその「土」は何処にあるのかと言えば、探してもこの国の中にある資源しか見当たらない筈なのです。それは、人(の知恵)であり、海(海洋)であり、森林であり、放棄されている農地であり、まだ競争力の残っているモノづくり技術程度しか見当たらないのです。最早、借金まみれの国が打ち上げるアドバルーンなどを当てにしてはならないでしょう。この国に住み、生きていかなければならない私たち自身が、考えて行動していくしかないと思うのです。続きます。

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