« 2035 髙くても売れるモノ | トップページ | 2037 エネルギーシフトの本質 »

2013年4月 5日 (金)

2036 モノ売りだけ賃上げ?

春闘の経過をざっと眺めると、どうやら流通や小売が先行した様な気がします。しかし、考えてみなければならないのは、この業界は運んだり、売ったり「させていただいている」商品を作っている1次産業や2次産業を押しのけて、大手を振っては歩けないはずなのです。ましてや、それらの業界に「金を借りていただく立場」の金融業に於いておや、です。

国も、ボチボチと産業構造の転換についての議論を始めてはいるのでしょうが、その答申が出て、それに予算を付けて、更に実際に産業界が動き出すまでには多分あっという間に5年は経過してしまうでしょう。その間、今の金融政策や財政が持ち応える訳がありません。これらのアドバルーン政策の効果は精々1-2年しか続かない事は過去の事例で証明されているからです。何より、少子高齢化の背景での人口減少のこの国の局面で、売り上げが伸びて、給料も上がって経済成長していくなどと期待するのはノウテンキも甚だしいと言うしかありません。精々国に出来る事は、先ずは歳出をギリギリまで絞って、然る後に富の再配分を適正化して、相対的に低い地盤を、高い部分を削って埋める事くらいでしょう。

一方、モノづくり産業としても、手をこまねいて眺めているだけでは、坂道を転げ続けるだけに陥ります。もう一度、誰が、何を、どのタイミングでどれほどの位の量のモノを欲しているか、改めて考えてみなければならない筈です。これまでの大量生産、大量消費社会の中では、確かに必要とされていたモノ(例えば輸送のための梱包材や輸送手段)であっても、今後のあるべき社会(例えば地産地消ベースにした社会)では、不要になる可能性がかなり高いのです。そもそも運ぶと言う行為が最小化されるからです。その様な社会では、ワンウェイ容器である段ボールやペットボトルなどは、駆逐されてしまう可能性すらあります。何故なら、消費者が欲しいのはその容器の「中身」であり、容器は最終的にはゴミになるしかないからです。所有者にとって不要なものをゴミと呼ぶからです。たとえそれなりにリサイクルされるにしてもです。

地産地消を突き詰めれば、3次産業がはねていた「上前」を、生産者の利益に繰り入れる事も十分可能となるでしょう。6次産業化というのもその一手法だとは言えます。しかし、知恵がそこで終わってしまえば、3次産業優位の社会構造は変わらないでしょう。

|

« 2035 髙くても売れるモノ | トップページ | 2037 エネルギーシフトの本質 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 2036 モノ売りだけ賃上げ?:

« 2035 髙くても売れるモノ | トップページ | 2037 エネルギーシフトの本質 »