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2013年4月10日 (水)

2041 得るもの=失うもの

ますますの円安・株高が加速しています。実体は何も変わっていないにも関わらず、です。いわゆる思惑買いです。実体が伴っていないと言えば、思い出すのはあのバブル期です。高度成長期には、間違いなく人口が増え続け、しかもその人口の都市流入が続き、結果として製造業やサービス業を含む経済活動がそれ以上のスピードで拡大していたため、急激な物価高や給料のアップも裏付けがあったと言えます。しかし、バブル期には特に土地価格と株価の値上がりに先導され、その含み益を数字に直しただけの債権が、実体をはるかに超えて膨張したのでした。

さて、今の状況を見ると、あまりにも急激な株価上昇と円安の進行は、素人目に見ても間違いなく行き過ぎと言うしかありません。何故そう言えるかですが、それは「変化率」の問題として考える必要があるからです。変化率は、変化量の時間についての微分で示されますが、その傾きが急激すぎる場合、その変化を取り巻くシステムのフィードバック回路が追随できない可能性が高まるのです。とりわけ、その危険性は変化の下り坂で生ずるのです。つまり、緩やかな坂道であれば、「おっとっと」と言いながらでもなんとか下る事が出来ますが、ガケの様に急な下り坂では、転がり落ちて大ケガをしてしまうでしょう。最も最近の大ケガは、この国でのバブルの崩壊、海の向こうではリーマンショックや欧州危機やB国の財政のガケ騒ぎでしょう。

株持ちや土地持ちの人たちは、多分「夢よもう一度」とA倍さんやK田さんを応援するでしょう。しかし、実体が伴わない(つまりは企業の実体が拡大せず、実際の土地需要が増加しない状況)での、株価や土地価格の上昇は、間違いなく再度収縮するか破裂し、紙屑になるか二束三文になるしかない訳です。実体経済拡大を伴わない「ゼロサムゲーム」では、誰かが儲けると、間違いなく誰かが同じ価値を失わざるを得ないのです。ババを握っているか否かが、このゲームの勝敗を分けるだけです。もう一度、あのギャンブルをしてみたいと言う人たちを止めはしませんが、絶対に関わりたくないものです。断言しておきますが、Aベノミクスは間違いなく「幻想」です。どんな時代になっても、価値が変わらないモノだけを考えて、それに関わって行きたいものです。

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