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2013年4月16日 (火)

2047 デカップリング

デカップリングは金融用語の様ですが、ここでは一般化してこの言葉を考えてみます。さてカップリングとは、ある事象と別の事象が、強い相関関係を持っているために、それらが相互に干渉し合って変化する事です。一蓮托生などという熟語がこれを良く説明してくれるでしょう。一方、デカップリングとは二つ(又はそれ以上)の事象を、切り離して考えてみようと言う態度を指します。経済用語では、農業政策と、休耕・転作補償金は、一体として議論されますが、例えばこの国の農業を考えるに当たって、農家の生活安定化を切り離して考えるとする時にこの言葉を使います。

少し掘り下げて考えるてみると、この問題では国の農業政策と、この分野の職業の人たち(=農家) を、お金(所得)という要素でカップリングしている事が分かります。本来国の農業政策(例えば食糧自給率の向上)と、後継者が減った=農業が若者を引き付けなくなった事は、別次元の課題だと思うのです。同様に、エネルギー政策とFIT制度は、「電力(料金)」という要素で強くカップリングされているので、再生可能エネルギーへの転換を推し進めるに当たって、採算性や投資回収期間などと言う「経済用語」が前面に出て、壁を作る事になるのです。

そこで、デカップリングの出番です。国のエネルギー政策、つまりは将来世代へのエネルギー政策の引き継ぎに関して言えば、先ずはその理想形の議論があるべきなのです。原発はどうあるべきか(もちろんゼロが前提です)、化石燃料のフェイドアウトと、代替する再生可能エネルギーのフェイドインのタイミングとその時々のバランス、あるいはエネルギーと絡んだライフスタイルの見直しなど、青写真を描いて見せなければ議論は一歩の前に進みません。この国の経済が停滞しているのは、まったく別次元の問題なのです。デフレ克服とか内需拡大とか、産業の構造改革などの議論は、何も最近俎上された言葉ではないでしょう。椅子取りゲームに夢中になって、それらを先延ばししてきたこの国リーダー達のツケを、今度のリーダーが仕方がなく3つまとめてカップリングしてしまっただけなのです。

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