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2013年8月28日 (水)

2172 森羅万象

技術屋を卒業して「環境屋」になろうと思ったのは、環境を考えるためには、結局地上の森羅万象を扱わざるを得ないでしょうし、その様な広い視点を持ちたいと思ったからでした。もちろん、そう思い立ってからは、たぶん一生の内でMaxと思われ程勉強もしました。しかし、同時にそれでも人間が知り得る範囲なぞ、本当に限られたものでしかない事も改めて確認したものでした。

何故そうなのかを考えてみると、自然現象(例えば気象)を一つ取り上げてみても、それに関わるファクターはほぼ無限に存在し、例えば気象方程式を立ててスーパーコンピュータで解いたとしても、それは荒っぽいシミュレーションに過ぎない事は、素人にも分かる話です。例えば、気温や風速や風向、湿度、雲量や陽光の強さ、海水温などの初期値を入れて、方程式で解いて気象を予測したとしても、たとえば大気中に存在する植物やそれが取り入れる酸素量、人間が日々排出するGHG、海洋中のプランクトンの多寡、あるいは火山活動など、気象に関わる要素はあまりにも多過ぎて、人知を超えてしまうのです。現在の気象予測は、それらの内影響力が比較的大きなファクターだけを選び出して、方程式を立てているだけの不完全なものなのです。(だと想像しています。)

一握りの土壌の中にも数えきれないほどの微生物が蠢き、バケツ一杯の海水や河川水のなかにも同様に数えきれない数の水中生物が見つかる事でしょう。それらは、お互いに影響し合い、季節や環境によって増えたり減ったりしながら、生物相を変化させていきますが、それが気象にも影響を与えない筈がありません。地表の植物によるアルベドの変化など、ホンの一要素に過ぎないでしょう。生物相の代謝の影響力の方がもっと強い筈なのです。それらは、方程式になり様がありませんし、もしそれが出来たとしても複雑過ぎて解などでないでしょう。森羅万象に対して私たちが出来る事は、ひたすらそれを丁寧に観察すれば、自分たちが暮らしている狭い範囲内だけの影響にはなるでしょうが、結果としてのその「有害な変化」に気付けるかも知れません。

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