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2013年9月30日 (月)

2199 プロジェクト○の終焉2

2193で述べたプロジェクト○の終焉の表題にはもう一つ意味があります。プロジェクト○に、そのプロジェクトで完成したインフラの「終わらせ方」が組み込まれていない限り、不完全なプロジェクトであると指摘せざるを得ないのです。例えば巨大ダム、例えば長大橋、例えば原発、例えば巨大洋上風力発電が、プロジェクト○で完成したとして、プロジェクトに組み込まれている(と思われる)のは、せいぜい完成後の日常点検プログラム程度でしょう。超巨大な天変地異や風水害による大きなダメージなどは殆ど想定していないでしょうし、そこからの復旧など夢にも想定していないのです。それを組み込むと、イニシャルコストが膨らみ過ぎて、ファイナンスもできないからです。それは、Fクシマの対応で白日の下に晒された証拠からもで推定できます。

更に言えば、これらのインフラに寿命が到来した時の終わらせ方については、全くと言って良い程議論がなされていない点、危機感すら感じざるを得ません。黒四ダムのコンクリート構造物に寿命が到来したとき、あれほどのインフラををどの様に修復あるいは更新させるのか、誰もストーリーが描けないでしょう。それは、それを作った人たちが既にお隠れになっていたりする訳で、図面だってまともには保管されていないと想像されるからです。どうやって作ったかを知らないで、それを大規模に修復したり、解体したりすることは叶わないでしょう。

もう一つのポイントは、実は新規建設と修理を比べると、後者の方が数段難しいということです。修理の場合は、そのインフラを使いながら行わなければならない訳で、コストや工法などに厳しい制約条件が付くからです。しかも、メンテナンス期間を最小にしないと、計画していた収益も得られないと言うファイナンス上の制約も重なります。その意味では、例えば動き出したリニア新幹線も建設コストしか積んでいない点、典型的な片手落ちのプロジェクト○であると断じておきます。

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2013年9月29日 (日)

2198 石油の成因

石油の成因(どの様に生まれたか)については、未だ確定した説が無い様です。大きくは、有機成因説と無機成因説に分かれています。こんなに簡単に言ってしまうのは研究者に失礼ですが、石炭同様、有機物の堆積物が地下深くで石油になったと言うのが有機説です。一方無機成因説は、マグマ(地熱)により無機炭化水素が反応して、無機的に生まれたとするのが無機説だと言えるでしょう。これほど長い論争が終わらないのは、たぶん二つの説とも正しいのかも知れません。

事実、投稿者が今住んでいる町の近くにも油田がありましたが、それは鳥海山(休火山です)の麓にあります。この町でもそうですが、古い鉱床を、新たな技術を使って再度石油を搾り取っているのが、シェールオイルやシェールガスと呼ばれているものです。これはもしかすると火山性の後者の成因による可能性が高そうです。一方、中東やアメリカ南部や北海油田の近くには、火山など見当たらない様なので、別の成因の様な気もします。

しかし、一部の学者が唱えている、「今でも石油が作られ続けている説」にはどうしても賛同できません。もしそうなら、ドンドン石油を掘り続けても、一方では石油が作られているので、見かけ上の埋蔵量は目減りしない事態にもなり兼ねません。それは限りなく二酸化炭素を大気中に放出し続ける事につながる話であり、到底受け入れられるものではないからです。もし、僅かに作られ続けているにしても、それは未来世代のためにリザーブしたいものです。投稿者が、2004年ごろに石油資源のほぼ半分を掘りつくし、今後は生産量が徐々に減り続けると言う「オイルピーク説」をサポートしたい所以です。

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2013年9月28日 (土)

2197 税制しかない?

お国の第三の矢のアウトラインが見えてきたような気がしますが、どう贔屓目に見ても入れ物だけの様で中身が見えません。たぶんそれは、内閣のブレーンである「マクロ経済学者」の限界なのかも知れません。マクロ経済学では、国の打てる経済政策は限られているのでしょう。素人が考えても、財政出動と金融政策と税制です。もちろん、まだ経済界の力が弱く、国策としても産業構造を大きく変えなければなかった高度成長時代には、国は直接的に税金を投入しての産業政策を断行しました。例えば、船主には借入金の利子補給をしながら造船を奨励し、海運力を増強させて原料や製品の流れを加速させました。これは、学校で習った様に資源の乏しい加工貿易国家としては、いわば必然であった訳です。工業化の犠牲?になった農林水産業にも、収入を補償すると言う名目で税金をばら撒いて、徐々にそれらの産業から人を抜き取り縮小?させたのでした。

しかし、A倍さんが、海外出かけて行って口約束(国際公約)をしながら、規制事実の様に世論を誘導しつつある、国が打とうとしている第三の矢の中身は、企業減税といくつかの(お役人が勝手に考えた)成長産業助成制度のセットメニューだけの様な気がします。セットメニューの恩恵に与れる企業はそれでもOKなのでしょうが、地方のそれも中小企業や個人事業者にはそのトリクルダウンなど期待薄です。それは彼らが、いわゆるA倍さんが言う成長産業、「国民の健康寿命を延ばす」、「クリーンで経済的なエネルギー需給実現」、「安全・便利で経済的な次世代インフラ」、「世界を惹きつける地域資源」に直接的関与する割合は非常に小さいからです。そもそも、こんな抽象的な言い回しで、方向を指し示しているなどと胸を張るには、全くパンチが感じられません。

彼(ら)がこの国の未来に一体どんな絵を描いているのやらさっぱり見えません。お年寄りが高度利用でベットでより長く人生を過ごし、スイッチを入れればスマート家電やスマートビークルが効率よく動き、ヒヤヒヤしながら原発を動かし、オリンピックを引き金に世界から観光客を集めれば、この国の多くの国民が幸福になると考えているなら、全くのノウテンキ人間のカテゴリーに放り込むしかありません。そこには、これまでこのブログで繰り返し書いてきた「ココロの豊かさ」の視点が全く欠如しているからです。国のメニューの何処に、真の豊かさの定義が入っているのでしょう。モノを作ったり買ったりした事が無く、金融や税制しか見えないマクロ経済学者や、経済学をかじった程度のリーダー達の行動の危うさを予感せざるを得ません。これは勿論批判などではありません。心配事です。

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2013年9月27日 (金)

2196 廃熱の利用

PCM(相変化物質)を利用して200℃以下の廃熱を蓄熱し、それを輸送するシステムの実用化が進んでいる様です。しかし、納得できないのは、このシステムでは輸送手段としてトラックを使うため、やはり化石燃料に頼るシステムである事には変わりがないと言う点です。廃熱を熱として直接利用すれば、確かに見かけ上の効率は、例えば発電してそれをバッテリーに貯める事に比べれば、格段に向上するでしょう。とは言いながら、それは比較の問題であり、必ずしもベストであるとは言えないでしょう。

そもそも、大量に廃熱が出るプラントには、まだまだ熱(エネルギー)効率を改善できる余地があると言う証左でしょうし、そちらを改善する方が先決問題のはずです。廃熱はプラント内で回収すれば、製品加熱の祭には予熱に使えますし、バイナリー発電で回収して、工場の電力として使う事も可能でしょう。

もしどうしても廃熱が余るのであれば、その熱はトラック輸送などせずに、パイプラインで近くの施設に送る事を考えるべきでしょう。断熱性の高いパイプを使えば、数キロ先まではそれほどの温度低下無しに送る事は可能なのです。つまりは、熱を利用したコンビナートを作るわけです。多くの製造プラントでは、比較的安定的に稼働しているでしょうから、上手くコンビナートを組めば、その地域全体としてのエネルギー効率を上げる事は十分出来る勘定です。その意味で、この国では熱のコンビナートという考え方がそもそも希薄ですし、そのためのインフラも殆ど作られていないのが現状です。地域での熱水供給システムが基本の北欧や東欧・ロシアなどと比べれば、この種のインフラの遅れは今後の省エネ社会の構築には不利な条件だと言えます。

先ずは、狭い地域で小規模な熱供給のインフラ(=熱のマイクロネット)を作っていきながら、将来はそれらをリンクさせ更に大きな熱ネットワークに育てるのも有効なアプローチ方法だと言えそうです。

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2013年9月26日 (木)

2195 愚直であること

報道で聞くだけですが、北の方の鉄道会社の状況は、元技術屋としては聞くにたえないものです。交通安全などと言う言葉は、結局事故が起こった直後だけの「マスコミ用語」であったのか、と錯覚さえしてしまいます。このブログでも何度も書いていますが、どの様な機械やインフラであっても、しっかりメンテナンスを行わない限り、所定の性能は引き出せません。その中でも、ジワジワと進む、摩耗や腐食などはその把握や制御が最も難しいものでもあります。もし、問題が機械やインフラの機能や性能という点であれば、例えばそれをモニターし、計器やモニターに表示させる事は容易でしょう。例えば回転機械の回転数が下がってくれば、たぶん機械の各部が汚れてきて、所定の性能が出なくなった証拠だからです。電圧の低下や、温度低下、あるいは歩留まりの悪化など、数値化するのは難しくないからです。

しかし、摩耗や腐食といった徐々に進む劣化に関しては、話が別です。摩耗や腐食で衰耗した機械やインフラは、ある日突然限界を超えて、一気に崩壊する可能性があるからです。限界を超えて桁が腐食してしまった橋は、ある日突然崩壊・落下するのです。お隣の国では、橋の中央部分が落下し、多大な犠牲者を出しましたが、この国でも国道橋のトラスが腐食でブツンと切れてしまった事がありました。他人事ではありません。その限界を「しきい値」と呼びますが、破断や破壊に至るまでは、外見上は何も起こっていない事が恐ろしいのです。

さて、鉄道のレールです。レール幅の検査は、想像するに専用ゲージの様なものを当てて摩耗などによる広がりを図るか、あるいは専用のドクターカーで連続的に計測を行うのでしょう。しかし、鉄道安全のしきい値の一つである「脱線限界」までは、列車を何事もなく走らせる事は可能な訳です。勿論、注意深い乗員は、カーブやポイントの切り替え地点での異常な横ブレに気が付く事でしょう。しかし、運転だけの訓練しか受けていない乗員は、何の疑問も持たずに「前日と同様に」運転をし続ける事でしょう。

兎に角、輸送で旅客の安全を任された技術者や作業者たちは、その責務を愚直なまでに果たさなければなりません。それを怠った時、安全のしきい値を超え、事故が起こってしまうのです。それは鉄道であれ、航空機であれ、自動車であれ、あるいはそれを支えるインフラであれ、全く本質は同じだと言えます。

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2013年9月25日 (水)

2194 モノ・カネを超える豊かさ

経済至上主義の現代社会では、豊かさとはモノやお金が十分に使える事を意味します。というより、人々はその意味にしか考えられなくなっている様です。多くの人は、オール電化の家に住んで電化製品に囲まれ、やや高級なハイブリッド車に乗り、惣菜売り場で夕食のメニューを整え、週に1回程度は外食もして、出来れば有名ブランドの服や装飾品を身に付ける事を豊かさの指標であるとの価値観からいまだ抜け出せないでいるのです。

しかし、家族が身を寄せ合って住める程度の住居があり、余分に太らない程度には食べることが出来、質素だけれど清潔な衣服を身に付け、それらを支える事が出来る仕事に就いていて、ウォーキングやスポーツや読書や書や俳句作りなどに楽しみが見出せる人こそたぶん最も幸福である筈なのです。つまりは「足るを知る」人こそ幸福なのだと、年齢を重ねてきてしみじみそう思います。

言葉を替えて言えば、それはココロの豊かさとも言えるでしょう。ココロが満足し、幸福感を感ずるのに、必要以上のモノやカネは必要ありません。とは言いながら難しいのは、モノやカネが一体どの程度が必要かつ十分であるかの尺度が人によって大きく異なる点です。贅沢を言えばキリが無いでしょうし、極端ですが出家した人は、風呂敷に入る程度のものしか必要としないのでしょう。しかし、ある年代以上のの世代は、少なくともその水準は肌で感じていた筈なのです。あの戦後の時代を思い出せば十分でしょう。あれが、必要かつ十分な生活だったのかも知れません。それを水準と考えれば、その後の高度成長期を経て、私たちが享受しているモノやカネや食べ物は、最早かなりの贅沢な生活というしか無さそうです。何しろ、貧しかった時代には、遠足や行事にしか口に出来なかったお菓子やご馳走を、いま私たちは毎日の様に食べているのですから。このブログでも何度も書いているのですが、私たちはもう一度豊かさの尺度を、一から作り直すべき時期に来ていると言えるでしょう。

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2013年9月24日 (火)

2193 プロジェクト○の終焉

2192の続きです。かつて公共放送の番組の中に「プロジェクト○」なる人気シリーズがありました。何故人気があったかは、評論家でもない投稿者にも容易に分かります。つまり、山積の課題を抱えたビッグプロジェクトを、主人公(達)が多大な労苦の末に完成に漕ぎつけたという「達成感」を礼讃する中身であり、視聴者もそれを「疑似体験」出来たからでしょう。戦後で言えば、たぶん黒四ダムの完成やYS-11の初飛行、東京オリンピックの開催や新幹線の開通、あるいはまた国産初の人工衛星打ち上げなどもその代表かも知れません。

これらのプロジェクトの完遂は、もちろん多額のマネーと、長い時間と、関係者の汗の賜物である事は当然ですが、その後の同様プロジェクトの嚆矢(先鞭)ともなって、戦後のインフラ拡充の道を付けたと言う意味で、礼讃の意味を理解はできます。しかし、別の意味で言えば、ある種の「パンドラの箱」をこじ開けてしまったと見る事も出来そうです。つまり、大量生産、大量輸送、大量物質消費、大量エネルギー消費社会、というパンドラの箱を、これらのプロジェクト○達がこじ開け、あるいは穴を穿った結果、人々に「便利中毒」という病気を蔓延させてしまったと投稿者は見ているのです。

便利中毒の代表は「電化中毒」や「車中毒」だと言っても良いでしょう。あるいは、それらの中毒の根源とも言える「化石エネルギー中毒」だと言いかえても良いかもしれません。これら「受け身の中毒」は重症化すると手が付けられなくなります。例えば、蒸気機関車の特急で8時間掛かっていた東京大阪間の行き来を、初期の新幹線が3時間に短縮したプロジェクト○に満足できず、その後のミニプロジェクト○で2時間に短縮し、更にそれを1時間以内にしようと計画しているのです。かつて「狭い日本、そんなに急いで何処へ行く」という川柳???がありりましたが、それをそっくり今後のプロジェクト○に捧げたいと思います。狭い日本を、そんなビッグなプロジェクトで埋め尽くして、一体どうするのでしょうか。21世紀は、プロジェクト○の終焉の時代でもある、あるいはそうすべきだ、提言しておきます。勿論リニア新幹線プロジェクトもそれに含めます。

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2013年9月23日 (月)

2192 経済成長の勘違い

東北の中心?で開催された、拡大高専OB大会の準備と実行のため、ここしばらくバタバタと走り回り、投稿も切れ切れになったのですが、今日から日常生活に戻り、定時投稿再開です。拡大の意味は、単に母校のOBだけに呼びかけるのではなく、全国的に、しかも同じ機構に属する学校の全国のOBや学校関係者に呼び掛けた、という意味です。また、同窓会などを巻き込み、組織的に人数を動員するのではなく、有志が個人的なネットワークを通じて参加を呼びかけたので、最終的には手作りの小ぢんまりとした会にはなりましたが、震災復興への貢献や技術者教育はどうあるべきかという、かなり本質的な議論も出来て有意義な場となった様な気がします。現地幹事兼司会進行は疲れましたが、達成感もありました。同時に今後への責任感も…ですが。

さて、表題の経済成長やインフレ克服は、今や国家の最優先課題にもなりつつあります。もっと重要だと思われる、原発事故の収拾問題など差し置いてです。しかし、そもそも経済成長とは何でしょうか。国の経済規模が拡大しさえすれば、それが本物の成長という事になるのででしょうか。先にも書いた様に、ゴミや廃棄物が多量に発生する工場を作り、結果としてその廃棄物を処理する新たな産業が拡大しても、それはGDPを押し上げます。、また、不要な(あるいは殆ど使われない)「箱モノ」やインフラを山ほど作り、その建設や保守のために必要な産業もまた、GDPを大きく押し上げます。確かに、これらのマイナスの産業が拡大しても、そこに雇用が生まれ、資材費や人件費やエネルギー費などのお金が動き、経済規模が拡大した様に見えます。

とは言いながら、見方を変えれば、それは未来世代から借金をしながら、マイナスの財産の山を築いているとも言えるのです。マイナスの財産とは、未来の誰かが返済しなければならないお金(債務)ばかりではありません。燃やされた灰、あるいはそのまま埋め立てられたゴミの山は、何世紀を経ても無くなる事はありませんし、核のゴミはその処理方法すら目途が立っておりません。作られた箱モノやインフラは、完成した瞬間から老化が始まり、安全性の確保のために、やはり多大な費用や労力を必要とします。

それらのマイナスの財産を残す経済活動まで、経済成長と呼ぶ事に、投稿者は強い抵抗感を感じます。というより拒否したいのです。将来世代が間違いなく必要とする例えば、手入れをすれば何百年も使える頑健な住宅や、持続的な農業を可能とする優良な農地や、必要最小限の物流や人の移動に必要なインフラは、ぜひそれを残すべきでしょう。しかし、例えば今の新幹線に比べて桁違いに多額の投資と航空機並みに悪いエネルギー効率のリニア新幹線計画に対しては大きな?を付けざるを得ませんし、自分も歩き回った南アルプスの峰々の数キロ地下に、気の遠くなる様な長さのトンネルを穿つ計画など、空恐ろしくて想像すらしたくありません。是非その完成など見ずに「隠れたい」ものです。

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2013年9月18日 (水)

2191 ツヨシ⇒トミオ⇒ジン

台風の影響でネットがつながらず1日空けての投稿です。単に、共用の光ケーブルのブレーカが落ちていただけですが…。

さて表題の名前は特定の誰かを意味している訳ではありません。ツヨシとは、強さ(パワー)を象徴し、トミオは、富やお金を代表していますし、最後のジンは仁(ひと)を表しています。彼らが三兄弟だと仮定すれば、国はこの様な順番で成熟し変化していくであろう、という2198でも紹介したT留重人の見方でもあります。実際この国でも、この様な順番で変化し、先の大戦中までは兎に角パワーを得る事に国を挙げて挑戦し、しかし見事に失敗して多大な犠牲を出してしまった訳です。ならばと、戦後はパワーはもっぱらB国にお任せして、ひたすら経済の亡者となってまい進した結果、一時は世界に冠たる経済大国にものし上がったのでした。しかし、バブルが崩壊して以降その道の行く先には暗雲が立ち込め、私たちは長い停滞のトンネルの中で出口を模索しながら立ち尽くしている様に見えます。

そこに三兄弟の末っ子の登場が必要となるのです。先の政権が掲げた「コンクリートから人へというスローガンには、一瞬ですが多くの人が期待を寄せたような気もします。しかし、その中身がバレるにつれて、それは幻滅に変ったのでした。何故なら、それは単に一部のお金の使い方を変えるだけのものだったからです。つまり仕掛りのダム工事を無理やり中止させ、浮かしたお金を子育てや介護などの福祉予算に振り向けるだけの、いわば小手先の政策に過ぎなかったのです。これは、結局人の幸福や福祉はお金で買える、というトミオの時代から全く進歩していないと言う証左でもあったのです。

そうではなくて、ジンを前面に立てる社会とは、お金では買えない幸福とは何かを掲げ、お金が無くてもモノや労働を分け合ってココロ豊かに暮らせる社会である事を、(お金しか見えなくなった)トミオの子孫に理解して貰う取組みでもあります。どう贔屓目に見ても、巧言令色が得意なこの国リーダーには、仁を持つ人は少ないのは明らかです。とは言いながら、人々の価値観や幸福度の基準を変えるには、長い時間が掛かります。それは、小学生の頃からモノやお金に換えられない幸福の意味を教え、その彼らが親になって、自分の子供にもその様に教えると言う、真の循環が生まれなければならないからです。百年河清を待つ訳には行きません。

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2013年9月16日 (月)

2190 SSE

SSEとは、Supply Side Economicsの略です。つまりは、経済がメーカー主導で、その設備や人員の都合に応じた生産量を、無理やり市場に押し込む事によって回っている状態を意味します。その弊害は、私たちがこれまで散々経験してきた事でも、景気変動を大きくする方向に作用するだろうというのは、素人経済学でも容易に推定できます。つまり、一定の量を市場に押し出し続ける経済では、少し景気が下向くと、在庫が大きく積み上がり、生産量を急激に減らす事を余儀なくされます。自動車産業は、JITという引っ張り型生産方式を導入して、見かけ上は生産量の変動に柔軟に対応できそうにも思えます。

しかし、それはあくまでも親会社にだけ有効な、生産量調整方式に過ぎない事は少し考えれば明らかでしょう。つまり、親会社のラインを支える一次下請けや二次下請けやそれにぶら下がる膨大なサプライチェーンは、相変わらず原材料や部品の在庫を抱えると言うリスクを負いながら汲々と押し込み生産を続けざるを得ない訳です。

この生産方式が無くならないのは、実は消費者の側にその原因がある事は、これも少し考えれば分かるでしょう。つまり消費者が「それを待てない」のです。例えば、車を買い換えようとする人がいたとします。彼または彼女がディーラーに行って、セールスマンと話をし、試乗車に乗って車種を決めたとしましょう。彼または彼女が待てる時間は、たぶん1か月が限度でしょう。納車にそれ以上掛かるのであれば、たぶん別のメーカーのディーラーに走るかも知れません。メーカーは、ディーラーからの要求にすぐ反応出来る様に、ラインに車を流し続けなければならないと言う宿命を負わされます。

例えば、車の様に高額で、部品点数が多く、複雑な製品なら、例えばその注文から納車まで1年位は掛かってもおかしくはないはずです。つまり、確定した注文を受けてから部品を作り始めれば、全くの「注文生産方式」を構築する事も可能なのです。とは言いながら、この様なMOE(Market Oriented Economics)の文化を醸成するには、メーカー側と消費者側双方の成熟と、忍耐を要するでしょうから、長い時間が必要である事もまた明らかです。私たちは、忍耐を捨てた見返りに一体何を得たかを考えるとやはりタメ息しか出ません。。待たずに手に入れたモノは、短い期間で飽きられ、やがてゴミになってしまうからです。

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2013年9月15日 (日)

2189 T留の遺言

明治の末に生まれたT留重人は、まさに20世紀を通じて生き抜いて、今世紀に入ってすぐ亡くなった人です。間違いなく筋金が入った明治人の経済学者でした。その人生では戦争を憎み、公害を糾弾し、バブルのに踊る人々をたしなめてきた良識の人であったとも思います。もちろん、若い頃や戦時中その考えがブレた事もあったでしょうが、たぶん彼の最後の著述となったと思われる「21世紀日本への期待」の中で繰り返し述べているのは、成長ありきの政策やGDP指標優先への警鐘や批判と、それに対しての「モノの豊かさを超えた社会」提言でした。

例えば、いまお国が最重要のインデックスとしているGDPの中には、例えば廃棄物処理や原発事故処理はもちろん、不必要に高額な病気の治療、あるいは結局売れ残った大規模工業用地の造成工事など、まともに考えれば生産増加や人々の福祉の向上に寄与せず、むしろマイナスの経済活動による売り上げも、全てカウントされる事の矛盾にも言及しています。別の言葉で言えば、経済成長=GDPの増大と、人々の幸福度(GNH)との間に、一体どんな相関があるのか、という根源的な問いに、成長優先論者の経済学者も、それを鵜呑みにして公約を掲げる政治家も、しっかり答えていないとの指摘なのです。

また、T留はこの国で起こった20世紀出来事を殆ど目撃した人間として、我々戦後世代には無い視点として、「国」の概念が、戦前戦後で全く異なると言い切ります。つまり、「国」のために命を捧げてあの神社に祀られている「英霊」と言う場合の国と、今の政治家が「国益のため」と繰り返す国とは、実は全く違う「国」であると言うのです。しかし、この国では見かけ上は天皇制を継続したために、戦前と戦後は一貫した同じ国であると多くの国民が信じている一方、ドイツでは、戦前の全体主義を全否定したところから戦後を出発させている点が全く異なると言うのです。戦争で犠牲になった人々には申し訳ない話ではあるのでしょうが、彼らはやはり「否定すべき軍国主義国家」のために命を捧げてしまったと考えるしかないのでしょう。この認識が無い限り、いま「国」を振り回す政治家が実権を握ったこの「国」と、隣国との摩擦を払拭する事はほぼ絶望的と言うしかありません。T留の言う通り、まず戦前の「国」を否定するところから、絡まった乱麻を解きほぐしていくしかないのかもしれません。それにしても、このトンネルは何時まで続くのでしょう。

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2013年9月14日 (土)

2188 介護ロボットよりは

テレビでいくつかの介護ロボットの特集があったようです。確かに、急速な高齢化社会で、要介護者が増加し続け、介護する側も高年齢化する中で、介護者の体の負担を軽減する介護ロボットは必要なのかも知れません。それはしかし、知能を持ったロボットなどではなく、単なる倍力装置の様なもので十分でしょうし、何も首相までしゃしゃり出てナショプロなどと大上段に振りかぶる事、ましてや「成長戦力」などに位置付ける必要など毛頭ないでしょう。

そうではなくて、その前にやるべきは、寝たきりの要介護者を作らない努力だと思うのです。寝たきりになる原因はいくつかあるのでしょうが、結局は人間の骨と筋力が、地球の重力に勝てなくなって、車いすに座るかベッドに横になるしか体を支える術が無くなってしまうからでしょう。放って置けば運動量の低下した高齢者の場合、骨量はドンドン低くなり、それに先行して筋力もますます低下している事でしょう。と言う事で、それを防止する方法はたった一つしかありません。それは、M浦雄一郎氏を真似て、筋力トレーニングをすることです。もちろん彼を真似て重たいウェイトなど付ける必要はありません、自分の体の重さを負荷に利用するだけで十分でしょう。

そのトレーニングのための簡単な道具さえあれば、筋力の低下が防げ、骨量の減少もある程度は食い止める事が出来るでしょう。負荷を徐々に増やせば、ある程度の回復すら望めるはずです。ならば、優先順位としては、介護ロボット開発の前に「筋力低下防止ロボット(用具)」を作るべきでしょう。これはホンの一例ですが、この国にはこの様な優先順位の逆転が多過ぎる様な気がします。その結果、対策が後手後手に回り事態が悪化した例の如何に多い事でしょう。少し例を挙げるだけでもため息が出ます。財政の悪化、周辺国との摩擦、産業政策、エネルギー政策、後追いの成長戦略、少子高齢化社会の到来、そして原発の事故処理などなど、枚挙に暇がありません。またまた愚痴になってしまいました。このブログは、将来への提言を書きたいと始めたものなので、、愚痴はここで止めておきます。

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2013年9月13日 (金)

2187 作りたいモノより

仕事柄(勝手コーディネータ?)企業訪問が多くなっています。多くなっていると言うよりは、すき好んで企業に押しかけていると言った方が正しい様な気はしますが…。勝手コーディネータというのは、行政を含めて誰に頼まれている仕事という訳ではなく勝手に動き回っていると言う意味で名付けています。さて、訪問してみると企業のムードは、大きく2つに分かれ事に気が付きます。元気の良い企業と、そうではない下を向いている企業です。

先ず後者ですが、その様な企業はやはり状況の悪さの原因を外に求める傾向がありそうです。つまり、リーマンショックがどうで、市場の冷え込みがどうで、震災不況がどうで、という外部要因を並べる事になります。別の言葉で言えば、受け身であり、守りの姿勢です。しかし、考えてみるまでもなく、守りから生れるモノなどは見つからないでしょう。その中でやる事は、赤字を如何に減らすかという一手しか無くなる訳です。

一方前者はそうではありません。過ぎた事、外部要因は如何ともしがたいのですから、その中で前を向いて新たな方向やアイデアを絞り出さなければなりません、とは言いながら、全く新たな分野へ踏み出そうとしても、人材が豊富な大企業なら「新製品開発室」などと言うチームも作れるでしょうが、ギリギリで回している中小企業ではそうも行きません。やはり、今ある設備や人材の範囲内でそれを活用して進むしかない訳です。精々、大学や公設試に共同研究を持ちかけるのが精一杯でしょう。その中で考えるべき事は、実はシンプルだとも言えるでしょう。つまりは、制約の中で出来る事は現製品の「バージョンアップ」しかないとも言えるからです。しかし、それは単なる改良・改善を意味する訳ではありません。そんな事は、これまでもやってきている筈ですし、それを怠った企業はとうに淘汰されている筈だからです。

そうではなく、バージョンアップとは付加価値の追加なのです。それは従来品に比べ、部品の摩耗が少なく耐用年数が伸びるとか、製造機械であれば時間当たりの製造個数が有意にアップするとか、あるいはメンテナンス期間がそれまでより大幅に伸ばせるとかいった、新たな価値を追加する事を意味します。企業は、作りたいモノより、市場が求める価値こそ追求すべきでしょう。

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2013年9月12日 (木)

2186 地方を取り戻す2

さて地方のもう一つのハーネス(又はくびき)はエネルギーです。今日、地方といえども薪ストーブなんかで暖を取る家は殆どありません。ましてや、囲炉裏が切ってあるある古い家でも、そこに炭火が入る事など年に数回(たぶん慶弔の時くらい)しかないでしょう。殆どの家では、暖房手段は石油ストーブに置き替わっているのです。平成の合併で人口が10万人となったものの、10数年で8.5万人まで激減した、投稿者の住む地方都市でも、家庭用だけで年間300億円もの熱需要があると言うデータがあります。その殆どが石油(灯油+LPG)であり、少しばかりはオール電化に依存していると想像できます。

しかし、別のデータ(=再生可能エネルギー資源等の活用による「緑の分権改革」のデータ)によると、この地域では賦存する再生可能エネルギーだけで、十分にエネルギーの自給できる事が示されているのです。その中身は、太陽光、小水力、風力に加えバイオマスなどの組み合わせになるのですが、そう言う目で足元を見渡せば、地方には再生可能エネルギーの元がいくらでも目につくのです。中小の製材所や木工所からの木屑、間伐材や林地残渣、放置された竹林、農業残渣、水量の豊富な中小河川、冬の強烈な季節風などなど。それらを単に燃やす仕組み、ストーブや温水ボイラで熱に変えてやるだけで、どれだけの石油を代替できるか工夫しさえすれば、ほぼ100%中央に縛られているエネルギー供給の何割も自給できる事に気が付くでしょう。自給のためには、それを可能にするシステムも必要になるのですが、取りも直さずそれは地方に雇用を生み出す事を可能にする筈です。

食糧が自給でき、冬季に需要が急増する熱エネルギーの大部分が自給出来さえすれば、この国では地方ほど豊かに暮らせる場所は無い筈なのです。

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2013年9月11日 (水)

2185 地域を取り戻す

こる国のリーダーは「日本を取り戻す」と言ったとか。しかし、地方にUターンしてしみじみ考えるのは、地方こそ国(中央)に奪われた存在ではないか、ということです。かつて、交通の便がそれほど良くなかった時代、地方はそれなりに自立して、アイデンティティを持った文化を保っていたような気がします。しかし、経済が成長し国(の官僚組織)が肥大化するにつれて、中央集権の色彩がドンドン濃くなっていったのでした。つまり、例えば地方交付税という形で、地方は国のヒモが付いた存在になり、地方自治体の首長の主な仕事が、官庁や政治家に陳情という名のおねだりに出かける事になってしまった時期もありました。

一方で交通網の整備は、物流量を飛躍的に伸ばし、整備された高速道路上は、夜も日もなく長距離トラックが列をなして、各地に作られた物流拠点を中心にしてモノを運び続ける社会になってしまったのでした。その結果、省エネに非常に効果の高い鉄道貨物は、いわば補助的な物流手段に成り下がり、石油が無ければ夜も日も明けない石油漬け社会にもなっていったのでした。いまやエネルギーこそ、中央集中エネルギーの最たるシンボルとなり、大手の製油所に中東から、3日に1隻の割合で大型タンカーを横付けしなければならない国になったのでした。勿論、それでは石油がいくらあっても足りないので、国策で電力の多くは50か所以上の、ある(過疎)地域集中させた原発に4割近くを頼る体質にしてしまったのでした。

結果として見れば、この国の戦後の歴史は、一貫して地方が中央に骨抜きにされ続けたものであったと言っても過言ではないのです。取り戻すべきは、先ずは地方なのです。しかし、地方が自分を取り戻し、自立的に進む道は結構見えています。何より、地方は食糧の自給率は100%を大きく超えている筈です。とは言いながら、現状は田舎のスーパーといえども、棚に並んでいる商品を見れば、殆どは集約された大工場で作られた、加工度の高い商品ばかりである事に気が付きます。何故か。そうでなければ今の消費者が買ってくれないからです。それは、Dイエーあたりから始まった(と思う)流通大手が、長い時間を掛けて消費者をその様に飼いならしてきたからです。続きます。

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2013年9月10日 (火)

2184 祭りの後

2020年のお祭り開催が決まった様です。祭りの当事者や見物人は単純に喜んでいる様ですが、何度か書いたように、また日頃経験するように、祭りの後にはそれ以前より強い虚無感に襲われる事は間違いないところででしょう。祭りの準備のための(建設)特需や、出店(来場者を当て込んだサービス産業)は、しばし潤うかも知れませんが、その反動は各地の大河特需や朝ドラ特需後の落ち込みを見れば想像がつくと言うものです。前のお祭りの後にもリセッションが起こりましたが、行動成長期の波があまりにも高かった事もあり、また列島改造論を唱えたブルドーザの存在などもあり、それは意識されないままで通過してしまった様な気がします。

リーダーの為すべきは決してお祭りの誘致ではない筈です。日常生活に戻っても、国民がそれなりの生活が送れる様な「持続可能な仕組み」を作る事でなければならないでしょう。それどころか、Fクシマの事故を見かけ上「収束した事にしよう」と躍起になっている様にも見えてしまいます。今必要な行動は、冷やすために水をかけ続けて、その処理水を増やし続ける事ではなく、熔けて炉底に溜まっている燃料の残骸を、如何に安全に取り出すかという事に衆知を集める事でしょう。それに、お祭り開催に掛かる費用のたとえ半分でも振り向ける事が出来れば、原子炉内部の水中でも行動できるロボットの開発も可能でしょうし、当面の汚染水の格納に必要な、巨大タンカーの建造だっけ朝飯前で対応できる筈です。

人は、前の祭り(高度成長期の遺物=原発)の残骸の後始末より、次の祭りの準備に夢中になりがちになる存在ではありますが、先ずは溜まったゴミを綺麗に片づけてから、次の準備に掛かるのが順番というものです。核のゴミに目途を立ててから、再稼働を云々すべきでしょう。それよりなにより、炉心で活動できるロボットを開発し、溶融燃料を取り出す事に成功した研究者や企業こそ、必ずや世界中の賞賛を浴びる事は間違いないでしょうし、それどころかノーベル賞を3個くらい与えても誰も文句を言わないでしょう。

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2013年9月 9日 (月)

2183 木の国

この国は間違いなく、世界的にもみても「木の国」と言っても良いでしょう。国土の2/3が森林に覆われている国はそれほど多くはないでしょう。しかも、その内の約半分は、かつて人の手によって植林された人工林か、あるいは伐採後の二次林である事も稀有な例でしょう。奇妙な樹形の木が多いブナの原生林やスッキリとした樹形の若木が多い二次林に立ち入ると、何故かホッとするのは、木の国に生まれ育った人間としては当然なのかも知れません。

ご先祖様は、この山の木を信じられないくらいの根気で伐採し、かつ植林して維持してきました。勿論、かつては戦に使う刀剣の材料となる鉄を精錬する炉(タタラ)の熱源の木炭を得るため、あるいは城や町を作るため、闇雲に伐採され裸になった山もあったのでしょうが、結果として起こる洪水を抑えるため、やはり山には木が植え続けられたのでした。しかし、残念な事は、用材として有用な樹種は限られていたため、人手によって植林された山は単相林になりがちでした。例えば、スギやヒノキやナラなど限られた樹種の単調な林も多くなった訳です。

しかし里山は違っていました、里山はキノコや山菜を得るための食糧庫でもあり、薪炭を得るための燃料庫でもあり、同時に里の田畑を潤す水源林ともなっていた「多目的林」であったため、その多様性は人手によって維持されてきた筈なのです。多くの広葉樹は、萌芽再生の力が強いので、適度に伐採すれば、ほぼ自律的にかつ持続的に美しく保たれます。しかし、「奥山=道から500m以上奥に入った林」の急斜面に立つ人工林は全く自律的ではありません。間伐や下草刈りを怠ると、それらの林は込み入った、ヒョロヒョロの貧相な林になってしまいます。根の張りも弱いため、それらは台風や大雨で、大量に倒れ、あるいは表土ごと流されて川やダムに流れ込む事になります。これは、木の国の木の民が減り、山に手が入らなくなった「半人工林」に起こった悲劇と言えるでしょう。どうしたら山の木に人々の目が向くか、引き続き考えてみます。

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2013年9月 8日 (日)

2182 風車屋

以前から会ってみたいとは思っていましたが、秋田で変った形の風車を作っている人を訪問しました。彼は、同じ学校の後輩でもあります。そこで作っている風車の原理は、ロシア人が考えたものの様ですが、それを技術者である彼が、独自の工夫で効率を上げて実用化したのです。自ら会社を立ち上げてからは紆余曲折があった様ですが、何とか潰さずにここまで引っ張ってきた努力には頭が下がります。実は、投稿者も若い頃に風車屋になりかけた事があって、彼の情熱の源泉になったものはある程度理解できるつもりではあるのですが、常人と経営者の違いは、その情熱を持ち続ける持久力と、最終的にはビジネスにつなげると言う強い執念を持っているか否かだと思います。

しかし、従業員を雇い、会社を維持し続けると言うのは並みの努力では達成できないのも事実の様で、時には種々の助成金頼みや大企業の援助も必要としてきた様です。そうなると、独立性や自主性などに制約を受けたこともあったのではないかと想像しました。さらに、これも想像ですが、もしかすると目的と手段が入れ替わる様な事もあったかもしれません。つまり、安くて性能の良い風車を開発し、世の中に提案・貢献すると言うという初期の高い目的が、それを達成するために作った「手段」である会社を維持するために行動せざるを得ないと言う別の目的に支配されたかも知れません。

自分が、30代で風車屋になっていたら、と時々想像する事があります。しかし、結果として振り返ってみれば、投稿者のやや飽きっぽく、詰めが甘く、諦めの良い性格を自省してみても、これまでのサラリーマン人生+フリーランス人生はまあまあ正解だった様な気もします。いま風車屋の彼は、やや疲れ気味の様にも見えましたが、自分の夢を追い続けている人生は、やはり羨ましくもありました。出来る範囲でですが、今後も彼を含め、再生可能型エネルギーを応援をして行こうと、おこがましくも決意しました。

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2013年9月 7日 (土)

2181 東北の中心

出身校は、今は単独の学校ではなく機構という名の独立法人の内の1校になっています。十数年前そのOBの全国的なネットワークを作ろうとした人たちが居て、それに同調してある時期にその会員となりました。そのネットワークは毎年、手作りの総会を全国各地の持ち回りで開いてきました。今年は東北で開こうと言う話になって、いろいろ経緯はあったのですが、今回は岩手校があるI市での開催に決まったのでした。またこれも成り行きで、昨年秋田にUターンした事もあり成り行きで現地幹事も仰せつかってしまいました。しかし、実際に会場を決めるために現地に行ってみると、偶然ですがそこは東北のほぼ中心である事に気が付きました。

I関と言う地名も、たぶん昔の関があった場所なのでしょう。南には白河の関という場所もあって、そこが陸奥への玄関なのでしょうが、I関はもっと北の蝦夷地への関所だったかもしれません。近くには世界遺産にもなった平泉中尊寺やその周辺の歴史的な寺社が点在し、少し歩くだけでも悠久の時の流れを感じさせます。その中で印象的だったのは、鎌倉時代に作られたと言う照井の堰(用水路)で、900年前に手掘りで作られたとは思えない程幅も広く、水量が豊富で、規模の大きな用水路です。そのかなり下流には、その用水から一部を分岐させた50kwクラスの小水力発電も作られています。このクラスだと、見た目は車の車庫程度のサイズの発電小屋が建っているだけです。古の時代にこの規模の土木工事を命じ、完成させた為政者(藤原氏)はさぞ強大な力を持っていたのでしょう。

今回、OB会の準備で何度か東北を横断し、時には参加を呼び掛けるために、OBを訪ねて縦断もする中で、改めて陸奥(東北)の豊かさと奥深さを実感しました。2000m級の山々が背骨の様に連なりそこは隙間の無い樹林帯ともなっていますが、一方その麓には山から流れる急流が作った豊かな沖積平野がある、恵み豊かな大地が広がっています。その中でも、栗駒山と麓に広がる北上平野はやはり東北の中心だったのだ、と改めて感じました。

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2013年9月 6日 (金)

2180 結局また外圧かー

Fクシマの汚染水処理にやっとお国も重い腰を上げ始めた様です。この様な、遅蒔きの構図は、投稿者の様な年齢のものにはすっかりお馴染みのものでもあります。この国の政府が重い腰を上げるきっかけは、これまでも常に「外圧」でした。お役人は、出来るだけ余計な事をやりたくない人種ですからFクシマ事故でも、当事者(矢面)には常にT電を立てて進んできました。しかし、ここに来て海外のマスコミが、海に流れ出した汚染水が、結局は長い時間を掛けて地球規模で悪影響を及ぼす事を懸念して、急速に声を上げ始めたのです。これ(外圧)が、先ずは政治家の腰を上げさせ、続いてお役人(=予算措置)を動かし始めるといういつもの構図なのです。これから始める対策も、事故直後から始めていれば、ここまで汚染水問題が後手に回る事も無かったでしょう。

T電としては、これまで地域独占で蓄積してきた資産を守り、企業としての形態を崩さないためには、国からの助成金の範囲内で汚染水対策を考えるしかありませんでした。しかし、もし姑息な手段の不細工な陸上タンクなどではなく、数十万トンクラスのタンカー(というか浮かぶタンク)を建造する道を選んでいれば、僅か数十億円の投資で済んでいた筈なのです。この船にエンジンなど要りませんから、ずいぶん安く上がる筈なのです。船(浮かぶタンク)は、20年位は十分に耐用年数がありますから、その間に有効な汚染水処理プラントを作れば、陸上の複雑な上に不細工で漏れやすい仮タンクなど不要だったのです。対策が後手に回るほど、後の負担が大きくなる事は、事故対策の原則ではイロハのイのはずです。何十年も生きてきて、あの人たちはまだその事に気が付いていないのでしょうか。

この国を動かすためには、先ずは海外のマスコミを動かすのが早道の様です。さて外圧を利用して、次にお国には何をして貰いましょうか。

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2013年9月 5日 (木)

2179 スーパーセル

積乱雲が暴れまくっています。一塊になった巨大積乱雲が「スーパーセル」なら、海上から長く連なった積乱雲の列は、さながらスーパーセルチェーンでしょうか。2177にも書いた様に単純な竜巻は、寒気と暖気のせめぎ合いで生じますが、湿気をたっぷり含んだ積乱雲は、その水を雨として放出する際に大量の熱も放出する訳です。例えば、1㎞四方のサイズのスーパーセルが平均50/毎時程度の降雨で水分を放出する際には、単純計算でも1万ギガジュール以上の莫大な熱量を放出する計算になります。

これは、なんと数百トンの石油を1時間で燃やしてしまった熱量に相当する計算になります。その熱量は急激な上昇気流を招き、ひいては小規模な竜巻を生む原因ともなる筈です。しかし、その大元の原因は、スーパーセルを作っている大量の水蒸気とそれを供給した温度の高い海水温にある訳です。このメカニズムを一因として竜巻が発生する場合、その現象は非常に局所的で規模は小さいのですが、しかし急激に進行するため、予測や防御態勢が取れず、結果としては不意打ちを食らっ形で被害を受ける事になります。

その予測のためには、単純なレーダーに加えて、セル内部の温度変化をモニターする必要があり、なかなか妙案が無いのも事実です。しかし、今後この様なスーパーセルの発生や、小竜巻が頻発するのであれば、それを検知する技術を磨くしかないでしょう。北極海航路が開かれようとしている事を見ても、夏場の海氷とそれに伴う北極気団の消失、結果としての偏西風の北上の事実は間違いなく固定化されつつあります。この異常事態を改善するには、太陽の活動レベルが低下に期待するか、あるいは大規模な火山の爆発による気温の低下など、つまりは神頼みしか方法が無いのかもしれません。

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2013年9月 4日 (水)

2178 発明おじさん

県の出先機関の担当者の紹介だという人から電話があり、発明の図面を見て貰いとの事でした。ピンと来たのは、特許流通のアドバイザーをしていた2年間に何人かお目に掛かった発明おじさんの様な人ではないかと思いでした。しかし、基本的にその様な人は非常に真面目で、善人が多いのも事実です。取り敢えず、会ってみてビックリの連続でした。町の郊外にある結構広い敷地の自宅には、2棟の立派な工房を建てており、そこで簡単な道具ながら、木工から金属加工まで、一通りの作業が出来る様になっていました。その中に転がっているのは、発明品の数々です。時代が時代なら、からくり義衛門か平賀源内程度になっていたかも知れません。コレクションの中には人力ヘリコプターから、自転車にジェットエンジンを付けた奇妙な乗り物、果てはアクリルで作っていて水底が見えるカヌー、人力で動くカタマランボートから奇妙な形の水車の類まで、きれいに磨いて博物館に並べれば、結構なカラクリコレクションになると思いました。残念ながら、その中に実用的なモノは殆ど無いのですが、しかしそのガジェット(Gadget)は見ているだけで十分楽しめるモノどもだったのです。

さて見せて貰った図面は、案の定「永久機関」の図面でした。カラクリを駆使して、巧みに動く錘とバネで観覧車の様なモノの左右のバランスが崩れて、重力で常に同じ方向に回り続ける、と彼は主張するのです。勿論、永久機関は否定されているので、それを実際に形にしても機能する筈はないのですが、彼の大真面目な顔を見ると、頭から否定する訳にはいかないのです。仕方がなく、歯車や軸受には摩擦があるので、勢いを付けて動かし始めても徐々に回転が弱まり、やがては止まってしまう、などと柔らかく困難さを説明するしかありません。しかし更に話を聞くと、実際にこの図面をあるメーカーに持ち込んで、試作を始めていると言うので、少し困りました。それが、時間とお金の無駄遣いである事を、彼と相手のメーカーに理解して貰う必要があるからです。アイデアが紙の上だけで済んでいれば、害はないのですが、実際に部品を作って形にするとなるとお金が発生してしまうからです。

仕方がないので、今度はもし永久機関が実際に動くとしても、重力を動力源とするモノでは取り出せる動力は非常に小いので、複雑なメカの割に得られるエネルギーが小さ過ぎて、そんな機械を作ってもビジネスとしては成り立たない、と言った苦しい説明までして、兎に角永久機関を諦めて貰べく長時間説得を続けました。さて何処まで理解してくれたか、奥さんと離婚してまで発明に没頭する、愛すべき発明おじさんには、大損をしない様にブレーキを掛けながらですが、応援してあげたいとも思いました。

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2013年9月 3日 (火)

2177 竜巻

竜巻は、古くは鴨長明の方丈記に記されている京で発生したものを始めとして、歴史上も度々竜巻(もどき)が記録されている様ですが、近年そのピッチが短くなっている、というか発生頻度が急激に増している様なのです。竜巻のメッカは、アメリカ中西部の砂漠地帯ですが、そこには強烈な日射が注ぐ場所でもあります。その日射と、北から入ってくる冷気(寒気)との組合せで、強力な上昇気流=竜巻が発生する事になります。強い日射による地上付近の空気の急激な上昇があり、そこに寒気が流れ込むという条件が揃えば、竜巻は頻繁に生じます。

しかし、この国の周りは海で囲まれているので、基本的には砂漠ほど急激な温度上昇はない筈「でした」。でしたと言うのは、猛暑日などまだ珍しかった時代までの話なのです。しかし、いまや猛暑日が年間数十日という地域も珍しくなく、その意味ではこの国の内陸部は既に、アメリカの砂漠とそんなに条件は変わらなくなってきたとも言えそうです。しかし、決定的な違いは寒気の強さでしょうか。北米では、カナダから強烈な寒気が次々に南下してきますから、砂漠の上で暖気と寒気の強烈なバトルが生まれます。一方この国では、シベリアからの寒気は海を渡ってくるので、気温としてはそれほど低くはなっていないでしょう。

と言う事は、この国で起こっている竜巻のメカニズムには、他の要素も考えなければならない事を意味します。投稿者が疑っている要素は、実は「湿度」なのです。日本上空では、暖気も寒気もたっぷりと湿気を孕んでいるのです。そのバトルは単純な温度差のバトルでは済まず、分厚い積乱雲の発生を伴ってしまいます。その場合、気象現象としては単純な上昇気流である竜巻にはならず、ダウンバーストやガストフロントなどの複雑な気象現象を引き起こすのでしょう。つまり、日本の積乱雲の中では、水蒸気と水の急激な相変化を伴う複雑な気象現象が進行する結果、時間的には非常に短く、被害を及ぼす範囲も狭いものの、発錆予測も発生後の避難も殆ど出来ない事が多いのです。恐ろしいのは、これが今後の日常茶飯事になる可能性が高まっていることでしょうか。

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2013年9月 2日 (月)

2176 最強のGHG?

この夏の雨の降り方は異常でした。というより、これが今後の夏の雨の標準になるのかもしれませんが・・・。熱帯にはスコールという雨の降り方があります。強力な日射によって発達した積乱雲がもたらす午後の短時間豪雨の呼び方です。

この夏の雨の降り方(時間当たりの雨量)は、実はこのスコールに近いのではないかと疑っています。最近は、雨雲の動きが15分毎に更新されるサイトもあるので、外で雨が降り始めると思わずそのサイトを開いてしまいます。そこには、「真っ赤に色付けされた雨雲」の画像が再々表示されます。つまり、これは降れば土砂降りになる雨雲(積乱雲)の塊である訳です。しかも、その雨雲は帯状に連なっているので、これは海からの水蒸気の補給が活発に、継続的に行われている事を意味します。実際、この夏の日本海流の海水温は、平年に比べて2-3℃高めに推移している様です。まさに、日本海が熱帯の海と同等の水温となって大量の熱量を運び込んでいるのです。日本海流(おやしお)は、最終的には秋田と青森の県境の辺りで、下に潜り込んでしまうのですが、海水温が高すぎて、しかも海上にも降る豪雨で塩分が薄められると、海流はなかなか沈み込む事が出来ず、更に北上する可能性が高まります。つまり、青森や北海道も豪雨の脅威に晒される事にもつながります。

海面から蒸発した水蒸気は、実はそれ自体が温暖化効果ガス(GHG)でもある訳で、それが更なる気温の上昇、ひいては海水温の更なる上昇という悪循環を引き起こす事にもなります。真夏には太陽は北回帰線まで北上し、北ほど日照時間は長くなっており、とりわけ海洋には熱が蓄積し易くなってもいます。これに加えて、熱帯ジェット気流の緯度が高くなっている事も日本近海の海水温を高めていると思われます。気象庁には、毎日の天気予報の他に、たまにはこの様な「気候変動」についても解説して貰いたいものです。

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2013年9月 1日 (日)

2175 連帯責任

Fクシマ原発の過酷事故の収拾の目途は全くと言ってよい程立っていません。融けた燃料を冷やし続けるための冷却水の後始末と、原子炉本体から漏れ出てくる水に加え、一方では建屋の割れ目を通って流入してくる地下水の処理にてんてこ舞だからです。想像するだけですが、融けて塊になり、圧力容器の10㎝の鉄の内張りやその外のコンクリートの容器の底を突き破って、格納容器の底に落ちてしまった燃料を一体どうやって取り出すか、という最も重要の作業を、T電だけに押し付けておいても良いものでしょうか。今回の過酷事故の責任は、原発を国策として進めた国、初期は海外のライセンスを受けて建設を行ったメーカー、それを実際に運用していたT電に加えて、原発推進に賛同し、便益を享受してきた全ての関係者が連帯して負うべきでしょう。

取り分け原子炉本体を作ったメーカーが事故後前面に出てこないのは不可解というしかありません。と言うのも、電力喪失後、メルトダウンに至るまでに機能すべきバックアップシステムが、あまりにも貧弱であった事は、それを設計したメーカーの側にも応分の責任があると思うからです。かつてメーカーに勤務していた元技術屋としても、技術屋は少なくと同義的責任は感じなくてならないのだ、と言うしかありません。

その道義的責任の中身としては、初期の「Failure case」の想定があまりにも貧弱だったと言う一言になるでしょうか。例えば、地下にあるモーター類が、水に浸かるなどとは「夢にも想定していなかった(全くの想定外だった)」のなどと言うのは、あまりにも姑息な言い訳にしか聞こえません。電源喪失に対して、1ヶ所だけに設置された何台かの非常用発電機ではいかにも安上りの設備ですし、肝心の冷却システムのモーター類が、水を被っただけで全く炉心を冷やせないなどと言うシステムは、欠陥システムと呼ぶしかないのです。汚染水の漏えいが問題になっている今こそ、T電と官及びメーカーが、連帯して根本的対策への責任を果たすべき時なのだと見ています。

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