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2013年11月 1日 (金)

2228 必然

物事の成り行きにはもちろん偶然もありますが、全体的あるいは長期的視点に立てば、必然で進むと思っています。結果は、そうなるべくしてなったのでしょう。生物の進化も、今西錦司によれば、なるべくしてなったのだそうですから。さて、今の文明を生物の進化になぞらえて眺めてみます。15-16世紀の科学の黎明期に始まり、19世紀の産業革命以降に一貫して増え続けな資源の消費は、20世紀を通じて爆発的に増加してきました。工業力の発展により大量生産が可能となった事と共に、人々の消費レベルが上がったこともありますが、なにより人口の幾何級数的な増加が最大の圧力となっているのでしょう。それは、脳細胞の数が飛躍的に増加・拡大しヒトになった過程に似てもいます。

それが、この文明の(進化の)必然であるならば、それを受け入れるしかないのでしょうが、幾何級数的な増加の帰結は明白です。急増する人口を支えるために有限の資源を使って経済規模を拡大しようとする場合、そのスピードは一定期間後には必ず頭打ちになる筈です。ピークを打った膨張はやがて収縮に向かうことになります。それが需要と供給の(有限性の)必然と言うものだからです。その必然の結果を座して待つか、ささやかでも抵抗を試みるかが今私たちの前に置かれた課題だと思うのです。座して待つどころか、今の国のリーダーの様に、経済規模を更に拡大しようとしている人たちも少なからずいます。それが文明の寿命を確実の短くすることが自明であるにも関わらずです。

この文明が、人間の寿命にたとえると一体何歳くらいに相当するのかは、分かりませんが間違いなく壮年は通過し、もしかすると老いの坂に差し掛かっている可能性もあります。3本の矢で、更に馬力を掛けて「無理な運動」をするのは、いわゆる年寄りの冷や水になる様な気がします。そうではなくて、腹7分目くらいに食欲を抑え、軽いウォーキング程度の運動をこなし、雨の日は読書などたしなみ、晴れた日は自分が食べるくらいの農作業を行うといった、抑制の効いた生活スタイルが平安な国を作るのも、嵐の様な、しかし後半は祭りの様な、20世紀を通過してきた私たちの行動の必然でもあると思うのです。

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