« 2231 環境問題における筋違い | トップページ | 2233 防波堤の無い港 »

2013年11月 6日 (水)

2232 語彙=自分

語彙とは、ざっと言えば辞書に載っている語や、ある人が使える言葉の数を指します。投稿者の語彙は、精々このブログに書いている程度のものなので、決して多いとは胸を張れないのですが、幸いなことに少ない語彙を組み合わせて新たな言葉を作る(定義する)ことは、結構得意そうなので、6年以上にも亘って、毎日のように結構な長さの小文を書き続ける事が出来ている様なのです。

言葉はそれ自体は、脳の状態を記述するための記号に過ぎませんが、しかしそれに「意味」を載せる事によって、多様に変化させる事が出来るシロモノなのです。何故なら、言葉では、同じ言葉を使っても、全く別のニュアンスを伝える事が可能だからです。例えば、「君は良い人だね」という言葉を発しても、君は好い人で本当に好きだ、と言う気持ちも表現できるでしょうし、一方であなたはお人好しで社会の中では貧乏くじを引きやすいタイプだね、と言ったニュアンスにもなるでしょう。しかし、「君は、誰にでも優しく出来て好い人だね」と言葉を組み合わせて言えば、その言葉を発した人の気持ちにより近い言葉になるでしょう。

この意味で言えば、現代社会の誤謬は、気持ちを短いメール分で伝えようとする無駄な努力を日々積み重ねている事にあると見ています。面と向かって、気持ちを添えた言葉を発すれば、喩え下手な言葉でも、気持ちは届くと思いますが、単なる記号である言葉をぶっきら棒に投げつける事によって、多くのトラブルの引き金を引いてしまう訳です。気に入らなければ拳銃の引き金を引いてしまう、銃社会にも似ています。まるで言葉の銃弾の様だからです。従って、このブログでは出来るだけ単なる批判は避けて、何らかの提案で終わる様にしている積りです。

|

« 2231 環境問題における筋違い | トップページ | 2233 防波堤の無い港 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 2232 語彙=自分:

« 2231 環境問題における筋違い | トップページ | 2233 防波堤の無い港 »