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2013年11月20日 (水)

2246 今後のエネルギー

同様のタイトルで何度か書いてもいるのですが、最近小文をまとめたので、そのエッセンスを少々。

先ず前提ですが、今後持続可能に入手できる、または使えるエネルギー源としては、地熱や潮汐など、特殊なものを除けば、「太陽光起源のエネルギー」しかない筈です。もちろん、広い意味では化石エネルギーも太陽光起源ですが、その生成や蓄積には億年単位の時間が必要であり、当然除外されます。当面のつなぎエネルギーとして頼りにされていた原子力は、イザトいう時に、私たちには到底制御不能で、しかも環境に放たれた放射能は、薄く拡散させた上で自然崩壊による減少に任せる以外に方法が無い事も、Fクシマで改めて証明されてしまいました。従って、残されたエネルギー源としては、数十年スパンの太陽光利用である木材(植物)バイオマスや1年単位の太陽光利である農業残渣や水力の利用、あるいは数日単位の太陽光の利用技術である、風力や太陽熱・太陽光発電程度しか残されていないと言う事になります。

しかし、現在行政がFIT制度を使って主導しようとしている枠組みには、問題が多過ぎます。例えばメガソーラーです。FITを当て込んで、各地で計画されたプロジェクトの多くがとん挫しかけています。何故なら、電力会社が色々な理由を付けて買取りを拒もうとしているからです。FITによる買取りは、間違いなく電力消費者の負担増につながりますし、送電線などのインフラ負担も増加するでしょう。メガソーラーから送り込まれる「気まぐれな電力量」もコントロールし辛い要素となります。つまり、総じて言えばメガソーラは切り札にはなり得ないのです。当然の事ながら、これが設置される「空き地」は、元をただせば放棄された農地や工場予定地であった筈です。

また、洋上風力を含めた沿岸部への大型風力発電所(ウィンドファーム)も同様の問題点を抱えている上に、それらが設置される地域にとっては、僅かな地代や固定資産税程度しか入らず、雇用や収入につながらない事も問題です。つまりは、重工や商社やゼネコンの売り上げ増加にしか寄与しない訳です。

ではどうすれば良いかですが、まず太陽光発電は1ヶ所当り、50kw程度の規模に留めるべきでしょう。これならば、特別な変電設備は不要で、パワコンからいきなり電柱のトランスにつなぎ込む事が可能となります。設置場所も、倉庫や工場や公共施設及び住宅の屋根、あるいは道路の防音壁や道路の法面など、農業と競合しない場所に場所に分散させて設置すべきでしょう。中小型の風車も利用すべきですが、住宅地に近い場所では、騒音の大きなプロペラ型やダリウス型ではなく、効率は低くても抗力型を選択sべきでしょう。しかも、発電目的ばかりでなく、風力発熱もあり得るでしょう。全体的に言えば、太陽熱、太陽光、風力、バイオマスなどを地域の事情によって上手く組み合わせた多面的なエネルギーシステムを構築すべきでしょう。もちろん、これらのシステムは、地域の中小企業がそれなりに参加できる「分散型の中小型システム」である必要もあるでしょう。

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