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2013年11月23日 (土)

2249 手段の目的化

2247の続きなのですが、これも言葉を替えただけの繰り返しになりかも知れません。2248で述べた閉じ籠りは、実はある目的を果たすための手段が巨大化してしまったために起こってしまったと見ています。科学や技術は、厳しい自然の中での人間の暮らしを快適にするために生み出されてきた筈です。食糧を安定的に収穫するために遺伝学を起こして、品種改良が繰り返されてきましたし、早く快適に移動するために、馬⇒馬車⇒汽車⇒自動車⇒電車⇒航空機などと移動「手段」を工夫してきました。それが、今はロケットまで飛ばして、宇宙空間まで足をのばす時代になった訳です。

経済の仕組みも、かつての物々交換時代を経て、小さくて軽い金属製の通貨が発明され、それが現在の紙幣文化まで進んできたのです。しかし、価値の交換を容易にするための手段であった貨幣や紙幣(=お金)は、ある時期以降富の蓄積に使われ始め、結局は貧富の差を広げ、それを効率的に集める(=稼ぐ)事が主な生きる目的の社会になってしまった様なのです。いまや、お金は自身が自己増殖する手段を獲得し、日々その絶対量は増え続けているのです。

しかし、どこまで行ってもシステムが巨大化すればするほど、手段はそれ自身の維持のために目的化の袋小路に入る運命にあるのです。例えば、車産業を考えてしてみましょう。この産業は、いくつかの大企業とその系列下にある多くの中小企業が、ピラミッド状のサプライチェーンを形成しています。しかし。そのサプライチェーンはあまりにも強固過ぎて、最早完全に硬直化している事でしょう。つまり、親会社は1次下請けからの組立品を自社で作った車台に載せ、出荷しますが、そのサプライチェーンの一部でも機能低下すれば、直ちに在庫量が減り、ラインを流れる車の台数もそれに応じて減らさざるを得ません。それがJIT生産のオキテだからです。親会社は、まだ売れても居ないのに、次年度の生産計画を立て、下請けに設備投資を促す訳です。

多くの巨大システム(例えば車産業)は、完全に自動化(つまりは、真の需要にあまり左右されず自分で前に進んでいく状態)され、しかし一方ではひどく硬直化している事は明白です。何故なら、前年度を延長した柔軟性の少ない生産計画に従って運用されているからです。人間を快適に移動させるための手段を提供するビジネスに過ぎなかった車産業は、いまやその存続自体が目的化し、巨大な「慣性力」を伴って、兎に角前進するしかないシステムになってしまったのです。同様に、人々が社会を形成して、お互いに摩擦を少なくして平和に暮らす手段であった筈の、行政組織や政治の世界も、完全に硬直化しているのは日々ニュースで目にするところでもあります。

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