« 2338 黄昏時の暮らし方 | トップページ | 2340 絶対安全は幻想 »

2014年3月22日 (土)

2339 原子力船「むつ」物語

原発の危険性を更に考えるに当たって、1960年代末に着工された、この国で唯一の原子力船開発の失敗の歴史を振り返ってみるのは無駄ではないでしょう。その船は、商船(貨物船)として開発が始まりました。もちろん、当時の米ソの様に、潜水艦や空母や砕氷船などの「実用的」な船に原子炉を載せる事は叶わない話だったのですが、可能性として深海探査船への原子炉搭載が検討されていた事は事実です。

さて、苦労を重ね1970年代の半ばになって、やっと船は完成はしたのですが、なんと試験運転のための処女航海でこの船は放射能漏れ事故を起こしてしまったのです。商船や軍艦などの「乗り物」では、原動機としての原子炉やタービンに割り当てる事が出来るスペースは限られてしまいます。前者は十分な量の貨物を載せなければ利益が出せませんし、後者は武器や数多い乗組員を積むため、原動機用に使えるスペースはタイトだからです。従って、原子炉を設計するに当たっては、安全性とコンパクト化の、キケンなジレンマを解決しなければならなかったのです。原子炉の圧力容器や格納容器は、もちろん分厚い程安全ではありますが、かといって分厚い鉄板やコンクリートの塊で遮蔽しようとすると、目方重く、かつスペースも大きななるため、ギリギリまで削らざるを得ませんでした。

何と、国産初の原子力船は、最初から遮蔽壁を薄くし過ぎていた様なのです。確かに殆どの放射線は遮蔽できましたが、中性子線は微量とはいえ最初から警報が鳴るレベルで漏れてしまったのでした。結局この船は、放射能漏れ事故が忌避され母港にも帰れず、かといって臨時の寄港地が決まらないまま海上を彷徨うしかなく、渋々承認したA森県の専用港に係留されたのは、数か月後でした。

この失敗の歴史に学ぶ事は多いのですが、取り分けどの様な遮蔽を施したとしても、核反応から出る放射線を100%遮蔽できる技術は確立されていないと言う点は、何度強調してもし足りません。健全な原子炉建屋においては、健康に害が無いとされるレベルまで、放射線の漏れ量は低くはなっていますが、それでも決してゼロには出来ない相談なのです。その証拠には、原発内で働く全ての人々は、累積放射線量を記録できるバッジを胸に着けているではありませんか。私たちは、放射能を消す技術でも開発しない限りは、不完全な遮蔽技術だけをタテに、原発にしがみつく事は放棄しなければならないのでしょう。それは、絶対に経済性云々の問題ではないのです。

|

« 2338 黄昏時の暮らし方 | トップページ | 2340 絶対安全は幻想 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 2339 原子力船「むつ」物語:

« 2338 黄昏時の暮らし方 | トップページ | 2340 絶対安全は幻想 »