« 2347 休題(お葬式) | トップページ | 2349 適応策 »

2014年3月31日 (月)

2348 持続可能性神

この言葉ほど重要なものは無いと断言しても良さそうです。どんな素晴らしい目的を掲げての行動であっても、この言葉に照らして方向が間違っているとすれば、即ちそれは「悪行」になります。何故なら、それを続ける事によって、ヒトや他の生物が滅びるからです。滅びが急激に起こるか、ジワジワと進むかは、単なる程度問題です。その意味で、このブログでは特に20世紀後半の、そして今世紀にもつながっている数々の「環境悪行」の数々を書き連ねてきたと振り返っています。もちろん、今日でも絶滅に瀕している生物(レッドデータ生物)を、根絶やしにしてしまう行動は国際的にも禁止される風潮にあります。しかし、ジワジワと減少している種、あるいは実際に絶滅している人の目には晒されない種に関しては、全くと言って良い程ノーマークとなっています。

具体的な人間の行動で言えば、例えば原発は全く持続可能では無い故に、文句なしの悪行と言うしかありません。では、それを補うために火力発電所を強化すれば良い、という議論も限りなく悪行に近いでしょう。正しい行動は、震災前の電力供給に占める原発の割合が3割だったとして、4割の省エネを目指すのが、正しい行動だと言えるでしょう。その意味で、人々はただ原発再稼働反対だけを叫ぶのではなく、その代り自分たちは明日からでも4割の電力削減を受け入れると宣言しなければならない筈なのです。

結局、何人といえどもこの言葉には逆らえない訳で、もしこの世に唯一の神様が居るとすれば、それはたぶん「持続可能性神」という事になるのでしょうか。そういう目で、国の政策や、企業や、私たちの暮らし方をチェックする時、山の様な「反省文」が書けそうな気がします。今さえ(自分の議員任期中さえ)票が集められれば、自分の企業が利益さえ出ていれば、今の生活が快適で便利でさえあれば、といったEgocentricな行動こそ、戒められるべきでしょう。

|

« 2347 休題(お葬式) | トップページ | 2349 適応策 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 2348 持続可能性神:

« 2347 休題(お葬式) | トップページ | 2349 適応策 »