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2014年4月25日 (金)

2368 科学の限界

似たようなテーマで何度か書いている様な気がしますが、これも元技術屋の反省文です。科学の理論といえば、ニュートン力学にせよアインシュタインの美しい式E=mcにしても、さながらそれが自然現象の全てを記述できるかの様に思われがちです。しかし、理論自体は現実の自然現象そのものではないと言うしかありません。何故なら、自然がその理論式を使って作られた筈がないからです。科学の理論はあくまでも、自然現象を「矛盾が少ない様に」近似的に示すものであって、それ以上のものではないのです。

例えば、物理学においては物質間に働く力として4つの「相互作用」がある、と「言われています」が、それで素粒子の世界まで記述できるかと問われれば、やはり大きな?を付けざるを得ないでしょう。第一、ヒッグス粒子だかなんだかが、見つかったとか見つからないとか騒がれていますが、ではその粒子がどの様な力の作用を受けているのかは全く闇の中でしょう。つまり、4つの相互作用とは、相互作用が少なくとも4つ程度はありそうだ、という程度の物理学者の「学説」を見なければならないのでしょう。

遺伝子だか、IPSだか、STAPだかという世界も全く同様です。遺伝子が何故今の様な形に進化したかという「その必然性」については、やはり何十億年という時間の闇の中で自然が作り出した、とい言うしかないのです。科学は、自然現象そのものを完全に記述している訳ではない、というのが科学の限界だといえるのです。科学が、自然現象を人間が理解できる範囲で記述し直したものである以上、科学万能とは諸手を挙げて主張は出来ないでしょう。遺伝子をテコにした医療にしても、それがさながら医療の在り方を根底から変える様な風潮も見られますが、それは人間の驕りと言うしかありません。医療とは、そもそもヒトが持つ自然の治癒力(つまりはホメオスタシスによる復元力)をアシストするものでなければならないのです。医療にタガを嵌めるとしたら、そこが医療の限界だと思うのです。このテーマは非常に重要なので、今後もだらだら続きます。

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