« 2423 エネルギーステーション | トップページ | 2425 進歩の無い国2 »

2014年6月25日 (水)

2424 成果主義

今流行の言葉の様ですが、実のところ投稿者がまだサラリーマンだった1990年代にも企業内では盛んに使われていたのです。この言葉には、If,then~.即ち、もし成果をより多く出してくれたら、他の人よりは少しだけ給料を高くしてあげる、といった言葉のニュアンスがあると感じています。この国は、この言葉が持ち込まれる以前は比較的平等な国でした。多くの企業では、それなりに働けば人並みの給料が、定年まで保証されていたからです。しかし、今や多くの企業では派遣従業員が多数を占め、数が減ってしまった正規従業員は、いわゆる成果主義で厳しい査定を受けなければならない時代になってしまいました。働かざる者食うべからずの社会です。しかし、人間はたとえあまり上手くは働けなくても飯だけは食って行かなくてはなりません。

悪平等はまずいのですが、それなりの能力の人が、その人が出来る範囲内で、それなりに働けばそれなりに食っていける社会にはもう戻れないのでしょうか。投稿者としては、それでも楽観的に構えています。未だにこの国では、田舎に行けば高齢者も地域の中で現役として、それなりの役割を担って活き活きと暮らしていますし、海外でも途上国やそれ以前の国では、大多数の人々が、それぞれの役割を得て、裕福ではないでしょうがどうにか暮らしを立てている事でしょう。

では成果主義の対極に来る言葉はどの様なものになるのでしょうか。ここでは、「それなり主義」としておきましょう。それなりとは言っても、その人が出来る範囲内で一生懸命働く事が前提ですが、より能力のある人がそうでない人をカバーしつつ、しかし夫々の人がやりがいを感じながら働く事は出来ると思うのです。それを可能にするのは、多分他者への思いやりと、それを感じた者の感謝の気持ちのサイクルしかないとも思います。その意味で、成果主義やそれを支える能力主義は、結局は拝金主義につながり、一方で、それなり主義は人のココロの重視につながるのでしょう。

|

« 2423 エネルギーステーション | トップページ | 2425 進歩の無い国2 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 2424 成果主義:

« 2423 エネルギーステーション | トップページ | 2425 進歩の無い国2 »