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2014年6月27日 (金)

2426 結(ゆい)

結は日本固有の(少し昔の)文化だと思ったら大間違いです。南ドイツの人口1000人ほどのあるR村には、日本より本物っぽい結の仕組みが存在するのです。一度周りの村と合併して交付金を貰い始めたその村は、お金で国や県から支配されるのが嫌で、合併を解消してしまったのでした。お金が少なくなったので、村の経済は自然に「自立的」にならざるを得ませんでした。村人は、村内の木材を使って、村人が総出で協力して、村営スーパーマーケットを始め、学校や幼稚園をなどの公共の建物を次々に建てました。村内の山の木で薪を作り、製材所から出るチップの暖房や給湯に使う仕組みを整え、林業や農業を支える大型機械を改造する工場も息を吹き返しました、ナタネを植えて車や農林業機械の燃料(BDF)を作り、家々の屋根には太陽光発電のためのパネルが載り始めました。

一方で、その村の経済の大きな部分は、実は地域通貨で回すことにしたのでした。公共工事に働き手を出すと、その家では地域通貨を手に出来ますから、それを持って村営スーパーで食糧や日用品や燃料をなど買うことが出来ます。この村でいわゆるお金(€=ユーロ)が要るのは村を出て「世間」で買い物や旅行をする場合に限られるのです。一方で、この優れた仕組みを見ようと世界各国からの見学者が引きも切らないので、それらの人からユーロは潤沢に入ってきますから、この村は客観的に見ればますます豊かになるはずです。その通貨を使えば、村外から村の経済を支える種々の設備や機械なども追加で買う事も出来る様になるので、この村の自立性はますます堅固になるでしょう。

これは、まさに結の仕組みが非常に良い形で機能している理想的な例だと言えるでしょう。一方、結の本家本元であるこの国の田舎でも、流石にここまで高度な結のサンプルは多分見つからないでしょう。今では精々、地域の一斉清掃や用水路の整備や茅葺屋根の葺き替えなどにその痕跡が残ってるだけだと想像しています。

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