« 2430 エネルギーパス | トップページ | 2432 ハゲタカ »

2014年7月 2日 (水)

2431 労働生産性

裁量労働制がお国の成長戦略の一つとして俎上されています。年俸が高いクリエイティブな仕事は、働く人の裁量に任せて働かせればかえって能率が上がって、企業も、更に高額な年俸を得たいと思う労働者には具合が良いのだとか。しかし、たとえここでそれを認めたにしても、そもそも「労働生産性」の定義が疑問として残ります。これは、つまりは働いた時間当たりの付加価値の増加によって算定される指標の様です。「の様ですと」書いたのは、しかし付加価値とは一体何ぞや、という問に誰も答えていないからなのです。そもそも「価値」の定義が曖昧なのです。ある人にとっては、価値とはお即ちお金かも知れません。しかし、無人島に流れついて空腹を抱えた遭難者にとって、トランクいっぱい札束など何の価値もないでしょう。乾いていれば、たき火の焚き付けには使えるかも知れませんが、濡れていればただの紙屑です。先ずはお腹を満たす食べ物こそが最大の価値でしょう。

例えば、ソフトウェア会社で、非常に魅力的なゲームソフトを開発した人が居たとします。しかし、今世の中で本当に求められているのは、エネルギーの効率的な利用を実現するソフトであったり、あるいは限られた農地で最大の収穫量を実現するためのソフトだったりするかも知れません。ゲームソフトの開発者が、寝る間を惜しんで世界でも最高レベルのエンターテインメントを提案したとしても、結局ゲームでは腹は膨れないし、エネルギーだって生み出せないでしょう。つまり、ゲームソフトとは、暇つぶしに価値を見出す人にとってしか価値は感じられない存在だと言うしかありません。

さて労働生産性です。これは、お金でしか価値を図る術を知らない経済学者や、それに乗っかった政治家が、私たちの目を眩ますために打ち上げた花火の一つに過ぎない、と切り捨てておきましょう。そうではなくて、私たちの価値(観)は多様であるべきで、北国ではお金があっても暖房するための熱源が無ければ厳しい冬は越せませんし、他方南の国々では、お金より先ずは食糧の確保こそが最重要である筈です。お金以外の多様な価値観の評価には、紙幣の枚数以外の多様な物差しが必要なのです。労働生産性なんぞ○ソくらえ、と言っておきましょう。

|

« 2430 エネルギーパス | トップページ | 2432 ハゲタカ »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 2431 労働生産性:

« 2430 エネルギーパス | トップページ | 2432 ハゲタカ »