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2014年7月11日 (金)

2440 環境経営

昨日と今日は企業の環境経営システムの審査でした。システムというのは、それがどの様なものであるかは別にして、何かに喩えるとすれば「入れ物」か、あるいは「車」だと言っても良いでしょう。その入れ物で何を汲むか、あるいはその車をどの様に運転するかが、実のところ「運用」である訳です。従って、運用状態の審査と言いながら、企業側は入れ物がどの様に作られているかをアピールし、穴が無い事を確認して貰いたがります。しかし、そのシステムを構築した「目的」に関しては、置いてき堀になっている事も多いのです。

つまりは、手段の目的化が生じている訳です。これは、何も環境経営システムに限った事ではなく、システム一般、更に言えば組織一般についても敷衍できるのです。システムや組織は、ある時期からその継続や存続自体が目的化するのです。これは、殆ど避ける事の出来ない必然かも知れません。というより、人が関わる限りにおいては、仕方がない事なのでしょう。人は慣れます。もし、置かれた環境に慣れる事が出来ない人は、ストレスで死んでしまうかも知れません。そうならないためには慣れるしかない訳です。

しかし、慣れてはいけないシステムや企業活動の局面においてもその慣れが避けられないのが人の哀しさです。品質管理における慣れによる重大なミス、あるいはPDCAサイクルを回す事における慣れで、それを「空回し」する組織、更に言えば前年度の計画や目標をコピーし、新しい日付に変えてすまし顔の事務局など、システムが回って機能するどころか、これはシステムの転がしというしかありません。これまでの百回を超える環境経営の審査において、システムが上手く機能して回っている例を目にしたことが一度もありません。この手の転がしで、企業や組織がどれだけ無駄なマンパワーやお金を費やしているか、考えるだけで、勿体なさに涙がこぼれます。その対応策については続きます。

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