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2014年11月 2日 (日)

2536 インフラの復旧産業

ここでの復旧とは、作ったものを修復するのではなく、もはや本来の意味を為さなくなったインフラを取り壊して、元の自然に近い状態に戻してやることです。例えば道路です。かつては、1車線で、ところどころに退避場所があるだけで目的を果たした場所に、立派な2車線の林道を通し、あるいは広域農道と称するトラクターが数台横に並んで走れ道を作りました。それどころか、朝収穫した農産物を、小型飛行機を使ってその日の午前中に都市に運ぼうなどという「信じられない」アイデアで、農道を見に滑走路程度に広く作った地域もあったほどです。たとえ新鮮だとしても、そんな化石燃料の塊みたいなバカ高い食材を、誰が食べたがるのでしょう。

例えばダムです。多目的ダムなどと呼ばれる「目的の分からないダム」があります。もちろん予算をぶん取る側では、それなりの理窟は並べているのでしょう。砂防もあり、治水もあり、工業用水や農業用水の確保など少しでも関連する目的を、兎に角ギッシリ詰め込んでいるのでしょう。しかし、砂防や治水なら山の木を適正に育てて維持すれば、なにもダムなどに頼る必要はないでしょう。手入れの全くされない放置(放棄)人工針葉樹林の現状が最悪なだけです。砂防や治水のためだったら、広葉樹も増やして混交林にすべきでしょう。広葉樹の葉が落ちて作るフカフカの林床は表土を隠しながら水を抱え、渇水の時期にはそれを放出もしてくれる筈です。

ここでの提案は、これらのインフラを壊して、サラに戻してはどうか、というものです。道路であれば、必要最小限に幅を削って(減幅して)元の農地や里山に戻します。ダムも少し削って低くするか、思い切って無くします。その分山林の維持に力を入れて、保水力を高めてやる必要があるでしょう。川の護岸のコンクリート壁も剥がして土手に戻します。川が、土砂を海に流す様になれば、砂浜の浸食も止まり、海岸に際限なく並べられる消波ブロックやコンクリートの護岸も減らせるでしょう。私たちは、長い間間違った「インフラ・スパイラル」に陥っていると思うのです。言葉は少し過激ですが、私たちはまだあの土建屋宰相の亡霊に取りつかれているといるとも言えるのかも知れません。必要なものはコンクリートの塊ではなく、それを不要とする知恵だと思うのです。もちろん、それには手間もお金も掛かりますが、それはとりも直さず雇用の場であり、子孫に残すための財産作りにもなる筈です。実際に、ヨーロッパの環境先進国では、かつて作ったコンクリートインフラを壊して、元の森林や土手に戻す事が産業にまでなっている国もあるほどなのです。10数年前、北ドイツで、かつてのコンクリート護岸のどす黒いドブ川の、川底のヘドロを浚い、護岸を土手に戻した結果、水鳥が戻ってきたエムシャー川をこの目で見た時、「間違った道を戻るのに遅過ぎると言う事はない」、と確信したものでした。

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