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2014年11月 4日 (火)

2538 製造とサービスの同期

話の順番を整理したいと思います。つまり、その昔先ずは製造(者)がいた訳です。多くは製造者=消費者であり、自分で作って自分で消費する生活だったと想像しています。しかし、少し手の器用な人が居て、クラフトや道具などを人より上手く作れたため、これを欲しがる人が増えて、やがてこれを商う商人も生まれたことでしょう。しかし、分業がさらに進むと、職人が生業に集中できる様に、生産者や商人など、これら忙しい人たちサポートする種々のサービス業も生まれたことでしょう。食べ物屋、八百屋、魚屋、床屋、宿屋・・・などなどです。

しかし、考えてみなければならないのは、国民の2/3がサービス業であると言うこの国を含む、先進国と呼ばれる国々の状況です。暑い日も寒い日も外で働く農業や建設業、あるいは騒々しい工場で油まみれになって働かなければならない製造業と違い、キレイな背広やスーツを着てパソコンに向かうサラリーマン、あるいはユニフォームを着て接客をすると言うサービス業など、モノを作らない人々が圧倒的多数を占める社会が今後とも永く続くとも思えません。持続可能な社会とは、結局製造業とそれをサポートするサービス業が、シンクロナイズ(同期)しながら前に進む状態だと思うのです。間違っても、サービス業が製造業を振り回してはいけないとも思うのです。

ではそのために何をすべきかですが、先ずは流通業に踊られる事の無い、正味の需要(実需)を把握する事が肝要でしょう。それは、どの様な状況になっても社会の基礎を支える「固い」需要でもある訳です。それを作り、供給を続けるための工場なり農地なりがあって、そこに働く生産者が必要となるわけです。それをサポートするのがサービス業である筈なのですが、現在はさながら流通業が製造を指揮している様な錯覚さえ覚えてしまう様な状況だと言えます。明らかに、サービス業が製造業の数歩前を歩いているとしか思えないのです。私たちは、社会を支える製造業にもっともっと興味を持つ必要があるのでしょう。その上で、日々の生活の中で、必要欠くべからざるモノと、そうではないいわゆる贅沢品を明確に線引きすべきだと思うのです。そこ結果、良いモノを永く使うと言う生活態度が定着し、それに対応できるメーカーや農家が適正な利潤を上げる事が出来る様になる筈です。やや理想論的ではありますが、私たちの取るべき道はそれしか無さそうなのです。

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