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2014年11月26日 (水)

2556 Mimimum sufficient

日本語では「必要かつ十分」という程の意味ですが、Mimimumという意味を強調しないと、必要の意味を取り違えてしまう可能性もあります。例えば、車は「必要」なのか、という問に、田舎に住んでいて今やバス路線から外れたか、あるいはコミュニティバスが、朝昼晩の3便程度しか来ない地域では「必要だ」と言うでしょう。しかし、電車やバスが時間当たり何本も走っている地域では、とても「必要」とまでは言えません。つまり、置かれた状況や、個々人の価値観により必要のレベルも随分違ってくるのです。

しかし、私たちはどうにかしてそのMimimumの必要レベルを決めなければ、先に進めないのです。もし、働いている職場に通勤するのに、どんなに早起きしても始業に間に合わないのであれば、車は通勤手段として「必要」でしょう。投稿者の場合、独身時代も結婚してからも会社から10㎞ほどの寮や社宅に住んでいましたが、雨が降っても雪が降っても自転車通勤を貫きました。バスと電車を使えば、もちろん楽に通勤できた筈ですが、パンク修理代程度の通勤手当しか貰えない自転車通勤を敢えて選択したのでした。車は、軽自動車を所有してはいましたが、それは、社宅から遠かったスーパーへの買い出し用として使っていただけでした。この頃の想いは、体は負荷を掛けないとすぐナマルので、通勤のついでに体も鍛えよう、というものでした。

考えてみれば、その昔(投稿者の子供時代)田舎でも車は殆ど見かけませんでした。近所の車はと言えば、筋向いの製氷工場のオート三輪と、少し離れたことろの町医者が乗り回していたメッサーシュミットくらいでした。町の中心では毎日市が立っていましたが、そこに並ぶ海山の幸や手仕事で作ったモノは、数キロ~10キロ程度離れた近郷からリヤカーや手押し車で運ばれてきたのでした。もちろん人が1-2時間歩いてです。その頃の必要はリヤカーや自転車でした。

これも思い出話にに近いですが、ではいつ頃から私たちは潤沢に石油を使い、車を乗り回す様になったのでしょうか。投稿者は自転車・バイク族だったので、車を購入したのは結婚後(1970年の終わり)でしたが、その頃は既に若者は1年でも早く車が欲しいと考えていた時代でした。その意味で、自家用車が「必要レベル」に格上げされたのは、1970年代の半ばではなかったか、と振り返っています。つまり、この頃車や、カラーテレビやクーラー(いわゆる3C)が豊かさの象徴に躍り出たと言う事なのでしょう。しかし、モノの豊かさの一方で、私たちのココロはドンドン貧しくなっていった様に感じているのは。たぶん投稿者だけではないでしょう。続きます。

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