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2014年11月28日 (金)

2558 水素社会は来ない

このタイトルは多分2回目です。某化学プラントメーカー大手の、水素社会に向けたプレゼンを聞きました。プレゼンターによれば、時代は着実に水素社会に向かっているのだとか。その論旨でどうにも納得できないのは、最終的には再生可能エネルギーを使って水素を作るにしても、そこに至る移行段階では、資源国で化石エネルギー(石油、石炭、LNG)から水素を作って、消費国へタンカーで運ぶのだとか。その際にはトルエンと反応させて、液体にするのだそうで、現在のインフラ、タンカーや陸上タンクがそのまま使えるメリットがあると胸を張っていました。

しかし、水素を作る過程で、化石燃料から水素を引き剥がす際に発生するエネルギー(=CO2)や残ったCO2は、結局は無理やり地下深くに(CCS法で)埋めるのだそうです。それが、現在行っている化石燃料を直接燃やすのと、いったいどこが違うのかが全く理解できないのです。確かに消費国のFCVの排気管からは水しか出ないでしょう。しかし、資源国ではコストを下げるために「雑なCCS」を行い、結果としてCO2が地表に漏れだす事だって強く懸念されるのです。しかもこの水素社会の実現は、消費国でのインフラが整うまでに数十年を要する見込みなのだそうです。言葉を替えれば、今後数十年間は、「エセ水素社会」が長く続くと言うことになるのです。

お国やメーカーは何を考えているのだろうと頭の中身をつい疑ってしまいます。この論理は、資源国や途上国で鉱毒や公害を垂れ流させておいて、金属類や化学製品を安く輸入する行為と何も変わらないからです。途上国や資源国、ひいては地球環境に大きな負荷を与えておいて、先進国だけがエセクリーンエネルギーを享受するなど、どの様な「倫理」で計っても、許されないでしょう。もしクリーンな水素が欲しいのなら、太陽光と光触媒を使って、水から直接水素を発生させる技術を一日も早く完成させ、砂漠国に砂漠の賃貸しでも申し込むべきでしょう。化石燃料から水素を取り出すなど、近視眼的な浅知恵と断ずるしかありません。そんなエセ水素社会は来ない、というより作ってはならないと思うのです。

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