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2014年11月30日 (日)

2560 科学の種類

科学(すること)を目的によって分けるとすれば、ここだけでの定義としてですが、「探究科学」と「実用科学」に分けられそうです。探究科学とは、つまりは人間の好奇心、探究心を満足させるための科学で、例えば物質や物質間に働く諸力(重力や核力など)の根源は何かという素粒子科学、あるいは地球の生物の起源を探求するために、小惑星から物質を採取して持ち帰る宇宙科学、さらには人間のココロや遺伝子の関係を追及する学問などが例示されます。人間の好奇心や探究心はあまりに強いのですが、それは素粒子を見つけ出すために費やされた膨大な人的資源や予算、その結果作り出された巨大な加速器の数々を見れば、容易に理解できるでしょう。日本を候補地として計画に上がっている、数十キロもの長さがある直線型の加速器(ILC)の、兆円単位の予算規模を耳にするだけでもその一端が伺えます。宇宙開発、という名の好奇心を満足させるために数多くにプロジェクトに、B国一国のNASAやがこれまでに費やした予算を足し合わせれば、天文学的な数字に上る筈です。.

科学の他の一翼は実用科学です。たとえば人々の病気による症状を軽減し、あるいは治療する医学や薬学、人間の頭脳の限界を超えるためのコンピュータサイエンス、あるいは種々の物質を分離、あるいは合成する化学や冶金学やセミコン学やセラミック学などなど。これらは全て、人々の寿命延長やあるは社会生活の豊かさの向上に向けた科学だと言えます。それらを個々に眺めれば、確かに必要な科学と主張できるのでしょうが、全体として考えれば、何か引っかかる部分が出てきます。

先ず前者の探究科学ですが、科学者たちが「その事実」を知ったとして、それが私たち人類、あるいは地球上の生けとし生けるものの存続にどの様な影響をもたらすのか、つまりは倫理を掲げて進むべきだと思うのです。知るためだったらどんなにお金や人材を注ぎ込んでも構わないのか、改めて考えるべきなのです。例えば、素粒子を究めれば、問題になっている有害な放射能を消す事が可能となるのであれば、それは進めるべきでしょう。物質の最小単位が判明したとして、それが個人や研究機関のノーベル賞獲得の役に立っただけなら、それは悲しい事でしょう。

後者の実用科学ですが、多くの場合、その分野の研究者や学会の予算獲得や隆盛のために、枝葉末節の科学に陥っている場合が多いのではないかと危惧します。もちろん門外漢の視点ですから事実は少し違うのかも知れませんが、いずれにしても「豊かすぎる社会」は、そうでない社会との格差をますます広げ、結果として世界の不安定性を加速している様に見えて仕方がないのです。たぶん続きます。

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