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2015年1月 9日 (金)

2588 国(家)

肩のケガもあり、年末年始はなるべく安静にして、自宅でボーっとして暮らしましたが、今日からは秋田に戻って活動再開です。さて、年始に当たっては年始の特番などもあり、この国や国の将来の事など考えてしまいました。そう思って、この国を改めて眺めてみると、かなりの程度に国や国家という概念、あるいはそこへの帰属意識が希薄である稀有な国である事が分かります。

他の国に囲まれ、常に国境線や民族への帰属意識が試され続ける他の国と異なり、ここは他の国とかなりの距離を隔てて海で囲まれた独立した島国であり、少数の例外ポイントを除いては、国境問題は少ないでしょう。移民政策もコンサバであったこの国では、異民族とのいざこざも、これまでは殆ど生じてこなかったと言うラッキーにも恵まれました。しかし、一方では人々が日常で国(家)のあり方や、民族というアイデンテティを意識する機会が殆ど無く暮らしているとも言えるのでしょう。それで何が悪いかですが、いくつかの不味いポイントが挙げられます。

先ずは、この国の外交政策の稚拙さです。この国以外?の国々は、時々で明確な外交政策を以って強かに他国と渡り合っていますが、残念ながらこの国は、戦後一貫して「外圧」のみで外交をこなしてきたと言うしかありません。とりわけB国に対しては、さながら風見鶏の様に従属してきたと言えそうです。戦後70年にもなろうとしているのに、です。

もう一つは、国家としての体裁です。この国では、残念ながら国として結束する手段に「経済」など言う「手段」を用いたりします。明治時代の政治家を例外とすれば、ついぞ政治家(屋)が「国家百年の計」を語る事はありませんでした。この国は、世界の中でどの様なポジションを取り、どの様にして尊敬を集めるか、といったビジョンが語られる事は皆無であったと言っても過言ではありません。その証左としては、隣国との外交こそ重視しなければならないのに、それをホッタラカシテ、地球の裏側まで「経済」外交に走るこの国のリーダーの姿、国民の半分以上が原発は要らないと叫んでいるにも関わらず、経済を優先するため再稼働に走っている事実を挙げるだけでも十分でしょう。今年リーダーが発するであろう戦後70年のコメントに、何が盛り込まれるか注目しておくことにします。同時にこのブログでも、可能な限り前向きな提案を続けることにいたします。

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