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2015年1月10日 (土)

2589 国(家)の要件

さて国あるいは国家のあり方を考える時、初めにやはりそれが備えるべき要件というものを考えなければならないでしょう。もしその要件に不足するものがあれば、それを補う必要があるからです。学者ではないのでNETで引用すると、それには3要件が数えられるそうです。先ずは、国境で囲まれた国の領域、ついでそこに住む国民、そして目に見えそうで見えない権力(主権)です。これは多分国際法上の要件でしょうから、これに不足するものを付け加えるものがあるとすれば、その中で行われる人々の(経済)活動と、国民が国に対して抱くロイヤリティ(の様なもの)、更に付け加えるとすれば、国の中あるいは地域で営まれる「文化」などが挙げられそうです。

その中で、最初にあげた要件は、一応国際的にも認知されているので、十分かどうかは別にして最小限はクリアしてはいるのでしょう。経済活動に関しても、震災後の化石燃料の輸入額の増加などで苦戦はしていますが、まあまあ力も持っていると見る事が出来ます。問題は、国民が国を国として意識する度合いの低さと、自国の文化に対する誇りやそれを守ろうとする努力の希薄さでしょうか。文化などというものは、そもそもその国に住む人々の「価値観」に依拠するものでしょうから、それが希薄であると言う事は、結局しっかりとした価値観を持たないで、その日暮らしを送る様なものだと言えるでしょう。

それでは、その様な価値観は何処から来るのでしょうか。最も単純な方法は、国民がこぞって一つの宗教の価値観に従う事でしょうか。もちろん、それが狂信的で危険なものではなく、ココロの拠り所として素晴らしいものであれば結構ですが、多くのものは「排他的」である事実は否めません。この国で言えば、山や滝や巨木や巨石に神を見出す「八百万の神々」への信仰は、いわば自然崇拝ですので穏やかなものの代表でしょうか。しかし多くの一神教はその限りではない事は、地球上の人口が増加するに従って、その接点で繰り広げられてきた紛争が、二つの大戦を経ても全く無くならない事実を見ても明らかでしょう。

書きながら、この視点は結構重要である事に気が付きました。つまり、自然への畏敬の念の事です。その視点では人は他の人とは向き合わず、自然の偉大さに向き合いますから、何より平和でしょう。その上で、その自然の恵みを持続的に頂くためには、多くの工夫や努力も要求するでしょうから、人々の能力も磨かれるでしょう。でも、これは考えてみれば例えば50年以上前の先人は、普通に行っていた営みだったのです。具体的な議論を少し続けます。

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