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2015年1月11日 (日)

2590 文化?

ある国や地域の文化は、何代にも亘って知恵や工夫や技や祭りなどが、伝承され、取捨選択されて残った「エッセンス」でもある訳です。時代を代表する個々の建築物や祭りや和食などが取り上げられて、文化遺産などとしてスポットライトを浴びる事はありますが、それらは全体として文化なのであって、間違っても個別のものを取り上げるべきでではないでしょう。例えば、和食などと言うものは、伝統的な食材、醸造調味料、漆器や陶器、箸、膳あるいは畳敷きの住まいや季節感などが全てあいまって醸される文化であり、何か特別な「和食」が数種類存在する訳ではありません。これをもう少し広く「日本文化」などと大上段に振りかぶってしまうと、それはますます目には見えにくく、つかみどころのないものになってしまうでしょう。

結局文化というものも、狭い地域に密着した風習や住まい方、もう少し広く県レベルの括り方、更に国境に囲まれた日本という国の最大公約数的文化、などと層別されると考えるべきなのでしょう。逆に、コミュニティを更に細分化すれば、集落や学校や公民館やさらに言えば家族単位にさえ「文化」を見出す事も出来るでしょう。何故なら、文化とはそのコミュニティが残すべきと暗黙の内に決めた価値観を具現したものだ、とも言い換えられるからです。価値観に依拠しない「形だけの文化」は、間違いなく消えてしまう運命にあります。

さてこの国の文化です。いまだに多くの寺社に人々が集まり、あるいはお遍路へ出る老若男女がかなりの程度存在すると言う事は、人々の根には「自然への畏敬」が残っているのは間違いないでしょう。農業にしても、住まい方にしても自然に逆らわない、つまりは循環型の暮らしも残っても来ました。但し、50年ほど前までは・・・。その意味で、それが50年後まで引き継がれるかどうかは、現在60歳以上となっている世代が退場する前に、その下の世代に引き継ぐ義務を負っていると言うしかありません。それを受け取った世代がさらにその後の世代に引き継ぐかどうかは彼らの選択ですが、現世代に、ご先祖から受け取った文化を、勝手に捨て去る権利など持っていないと考えるべきでしょう。

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