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2015年1月13日 (火)

2592 文化2

2590の続きです。文化というKWでもう一つ思うのは、必ずしも形ではなく「暮らし方=life style」であると言うことです。例えば、外国人の観光客を引き付けるシンボルとして、富士山、浅草、アキバ、京都などを前面に押しだしているこの国ですが、文化という目で見れば、浅草寺や浅草界隈の年中行事、あるいは各地に残る祭りや山伏による山岳修行、さらに言えば京都の町屋の日々の(伝統的)暮らし方、あるいは雪国保存食などの食文化などを挙げるべきなのでしょうが、お国の政策も多分地方にお金をばらまいて、箱モノや観光施設などへのハード面の充実を図るものばかりとなるでしょう。何故なら、税金を使う限りにおいては、結果が形のあるモノでない限り、(例えば固定資産的価値などの)客観的評価は出来ないからです。

それは、例えば文化庁や環境省などで使われる文化財の修復維持費、あるいはこの国の自然環境や景観を守るための予算額の少なさをチェックするだけでも容易に理解できる筈です。この国では、文化を利用しようとはしますが、それを守るための努力は限定的なのです。本当に守る気があれば、ヨーロッパの様に街並みの景観に厳しい規制を作り、外観だけでも伝統的な家屋を保存する事に予算を使うでしょうし、生活面でも「和食の日」などを設定して、週1回以上は伝統的な食事を採る事を推奨すべきでしょう。地方における観光に関しても、単なる「雪見」や「温泉」だけではなく、今でも田舎のお年寄りが送っている伝統的な暮らし方、あるいは自然信仰に根差した年中行事などにもっとスポットライトを当てて、それらをしっかり保存すべきでしょう。

文化というものは、一度変容してしまうとそれを復元するのは不可能になるか、あるいは大変な作業になるでしょう。落語や歌舞伎や伝統工芸が現代でも立派に残されているのは、それに携わってきた人たちの不断の努力の賜物でしょう。では、田舎の伝統的な暮らし方を守るために、私たちが一体どんな努力をしているかと、問われれば投稿者を含めて忸怩たる思いしか湧かないと思うのです。

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