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2015年1月17日 (土)

2596 あれから20年

あの震災から20年経過しました。新入社員時代に住み、その後も神戸駅前の本社への行き帰り、見慣れていた阪神高速の高架部分の橋脚がポッキリと折れ、横倒しになった報道や、独身寮があった近くの古い繁華街が倒壊や火事で壊滅状態になった映像は、全く信じられない光景でした。しかし、考えてみればこの国の地形は、火山と地震によって形作られたこともまた事実なのです。海岸部にまで迫っている六甲の山塊は、東西方向の断層によって海に落ちた地形となった筈なのです。

同じ様な地形は、大断層に沿う四国山中の祖谷渓谷の断崖、あるいは中央構造線に沿った北アルプスの片側が崩落した(例えば白馬の)山肌などを眺めても観察されます。つまり、真っ直ぐに伸びた切り立った崖や山塊の地形は、長い間の横ずれ断層とそれに伴う大地震で形成されて来たものだと推測されます。

一方で、東南海トラフに伴う地震は、プレートの沈み込みに伴う地震は、それが軟弱な沖積平野を揺さぶるものである点、その被害は何倍にも増幅される筈です。もちろん今どきの高層ビルは、堆積物の下の岩盤まで杭を打ち込んで作られるのですが、それはあくまで高層ビルのケースだけです、中層以下のビルの基礎は浅く、地盤の激しい流動化にはとても耐えられないでしょう。もし建物の倒壊が避けられたとしても、ズタズタにされるであろう地下インフラ、水道、ガス、下水の復旧には長い期間が必要ですから、例えば関東平野で生まれるであろう震災難民の数は想像を超える規模になると思われます。

私たちは、既に平野部に限度を超える密度で都市を作ってしまったと言うしかありません。田舎は既にかなり疲弊してしまっているので、これらの被災者を受け入れる余裕はかなり小さくなってしまいました。山間の多くの農地は放棄され、空き家はあっても住めないくらい荒廃しているからです。関東大震災から既に90年、何時東南海地震が起こって起こってもおかしくないと言うのに、人々は未だに都市に住み続け、あるいは新たに都市に仕事の場を求め続けるのでしょうか。火山列島、断層列島に住むには、この国のリスク管理は余りにも安易過ぎるというしかありません。この国では、たった20年前、あるいは4年前の大震災の記憶すら、既に喉元を過ぎてしまった熱さなのでしょうか。

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