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2015年1月24日 (土)

2603 格差の意味

T.ピケティが注目されるのは、現実的にも多くの国や社会に格差が拡大しているからに他なりません。しかし、ここで注目しなければならないのは、その格差は「経済格差」であると言う点です。天才ピケティといえども、経済学者である限りにおいては、彼の展開する議論もその範囲に限定されるでしょう。この国リーダーもまた「経済リーダー」の域を出ない様な気もしますが、最終的に尊重され評価されるべきは、人間としてのあり方であり、その格差の問題だと思うのです。

その意味で、ピケティの議論も、Aベノミクスも「片手落ち」だと言うしかありません。財布の中身が少なくて、自由に出来る(動産や不動産の)資産も少なければ、社会の下層に追いやられると言う見方には与できません。そうではなくて、少し昔に流行った「清貧」という暮らし方もあるでしょうし、人は教養や知識や知恵や技量など無形の財産も総合した財産の多寡で評価されるべきだとも思うのです。残念ながら、(経済)学者や政治家は、数値化できるデータ(デジタル)で学問を進め、あるいは票を集めるしかありません。哲学者や宗教家や教育者は、しかしこの限りではないでしょう。彼らは「人間力」を学問し、あるいはそれを育む事を天職としている「はず」だからです。もしそうでなければ、彼らもデジタル人間の仲間であると断ずるしかありません。

経済的な格差は、累進課税や福祉政策や最低賃金などのアメムチ政策でどうにか出来る部分も多いとは思いますが、人間力の涵養はなかなかに困難な課題でもあります。生物学的なヒトは、単に脳が異常に発達してしまった幼形成熟の著しい哺乳類に過ぎませんが、人間と呼ぶ場合には、社会的な哺乳類を指すのであり、取り分け高度な協業や利他の精神が不可欠な要素だと思うのです。その社会から弾きだされる事そのものが阻害であり、人間としての格差の本質であって、決して経済的な物差しだけで量ってはならないでしょう。ヒトは人間社会に受け入れられる事によって精神的な満足や安定が得られる生き物であって、生きている間に使い切れないほどの資産を抱えていても幸福にはなれないのです。B-タンという国のGNH(幸福度)が世界でも最も高いと言われる所以です。

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